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 みんなの登山記2009−2
 投稿者:青空高きさん

■2009年7月4日(土)〜7月5日(日) 吉田口

   子どもの頃、御殿場駅から富士登山客を乗せて発着する富士急バスを見ながら聞いた「今は車で五合目まで行くけど、昔はみんな駅から歩いて登ったんだよ。」という大人たちの会話が妙に記憶に残っていたのですが、こちらの登山記のふじ子さんのおじいさんの話(05-19)にも「御殿場駅までが遠かった」とありますので、5合目まで車というのは長い富士登山の歴史の中ではわりと新しい事なのかもしれません。というわけで、今回の富士登山のコンセプトは、 【駅から富士山頂まで歩く】

 となると、「まだ、したことがない○○をしてみたい」という欲が出てきて、ついでに実行しようということになり、計画に盛り込むことにしました。

*富士吉田駅から吉田コースを歩く
駅からの距離や登山道としての整備状況などを考えると吉田口しかない。静岡県側の登山口だと、市街地や一般道を歩く区間が長くてつらいだろうし、たぶん無理。 また、吉田口=河口湖口は、写真等を見る限り人工物が多く人も多くてちょっとそそられないなと、個人的には敬遠気味で未経験のコースなので、この機会に経験してしまえというのもあったわけです。

*徹夜登山で登頂する
山小屋一泊の富士登山しか経験がないので、徹夜で一気に登るというのもやってみたかった。満天の星空や流星が見られたら素敵だろうなあ。

*ご来光の時刻に山頂にいる
個人的には山頂でご来光を拝むことに拘りはなく、8合目や6合目からでも、いや、極論を言えばご来光自体見られなくても別にいいや位に思っているのですが、ご来光時の山頂のムードを肌で感じてみたいという気持ちはありました。

*梅雨明け前、開通直後の不安定な気象条件の登山
今年は残雪が多く、吉田口登山道だけがかろうじて山頂まで解除され、しかも下山道は引き続き閉鎖中です。静岡県側の3つの登山道は開通の目途が立たないという異例の状況下、梅雨明け前の7月最初の土日に決行を計画しました。この時期なら空いていて、渋滞もないだろうという計算もありました。登山道の開通状況と天気予報を日々チェック。梅雨前線が居座り天候が不安定な時期ですが、多少の悪天でも行ける所まで行ってみるつもりです。一応当日の天気予報をチェックし、傘マークが出ていないのを確認して決行を最終決定しましたが、たとえ多少の雨があっても登頂を妨げるほどではないだろうと、正直甘く見ていたところがありました。

 みんなの登山記のなかには、驚異的健脚の方や超スピード登山の方など、普通じゃない方の登山記もあります。自分には絶対無理と思いつつも、読んでいるうちに、「ちょっと挑戦してみようかな」と少しの無理をしてみる冒険心をかきたてられたのは事実です。7月4日土曜日の夜、富士山登山道で足踏みをしているのか歩いているのかわからないフラフラヨレヨレの1人のおじさんを見かけたとしたら、それは私です。今回は非常にハードな登山でした。たまたまの幸運に支えられた登山だったと、少し反省しております。


○7月4日(土)11時30分 富士吉田駅を出発
8時40分、富士急バスで新宿駅を出発、定刻を少し遅れて富士吉田の駅に到着。駅ビルの地下でそばを食し、6階の100円ショップで菓子類を若干補充。さあ、富士吉田「駅」を出発です。金鳥居を見て、通称「富士みち」を浅間神社に向かい歩き始めました。既に上り坂、地図で見た時には漠然と平坦な道をイメージしていたので、ちょっとびっくり。途中外で腰掛けたおばあちゃんが「富士山行くの?がんばって!」と声をかけてくれました。

○12時 北口本宮富士浅間神社を出発
登山の安全と成功を祈願して、神社の裏から舗装道に出ます。しばらく歩き、吉田口遊歩道の案内看板に沿って森の中の遊歩道へ。案内はわかりやすく迷うことはなさそうです。誰にも会わずにただ一人ですが、時折聞こえる音やチラッと見える車の屋根などから車道と並行しているのがわかるので、不安感はありません。東富士五湖道路をくぐり、中の茶屋を経て馬返まで、ゆるい上りの森の中を森林浴をしながらひたすら進みます。遊歩道と名前がついていることもあり、なんとなくお散歩気分です。曇り空で暑くもなく寒くもなくの快適な道のりでした。本当に誰にも出会わずでした。

吉田口遊歩道

○14時30分 馬返から佐藤小屋目指し出発
富士登山マラソンの練習でしょうか、上からポツリポツリと下りて来るのは登山者ではなくランナー?ここでも登山者とは一人も会わずでした。また、馬返というだけあって、ここから急に傾斜がきつくなり、お散歩モードから一気に登山へと変貌した感有りです。1合目鈴原天照大神社、2合目富士御室浅間神社、3合目三軒茶屋、4合目お堂跡、五合目御座石・井上小屋と、各チェックポイントを目標に登っていきます。あっぱれ!富士登山の吉田口の案内のとおりの光景で、いにしえの富士登山を偲びながらの味わい深いコースです。が、遊歩道を歩いた後の上りで疲労がジワッと蓄積、標高も上がるにつれて息苦しさを感じ始め、ペースダウンしてしまい、佐藤小屋着は少し遅れて18時。青空も見えて爽やかな気候ですが、だいぶ疲れて気分は曇り。浅間神社からの標高差1,450m、約6時間の歩行で疲れないわけがない。今にして思うと、ここでたっぷりと大休憩をとらなかったことが今回の最大の失敗だったのではないかと思います。かなりの疲労を自覚しながらも、まだまだいけると過信した事と、6合目の安全指導センターまでの潅木帯を陽のあるうちに抜けたいという思いから先を急いだことで、この先加速度を増して蓄積する疲労との戦いに引き込まれていきます。

四合目あたり

○18時30分 佐藤小屋出発、目指せ7合目
木々の中を抜け、日蓮上人像にご挨拶すると、やがて6合目。河口湖口からとの合流地点です。ヘッドライト点燈。ここまでは登山者に誰一人会わずでしたので、自分以外の登山者がいる安心感を感じますが、この時刻に出会うのはほとんど下山者で、これから登ろうという人は2〜3組位しか見当たりません。河口湖の花火大会のはずですが、ちょうど厚い雲がかかっていて見えそうもありません。遠くで雲が光っているのは花火ではなく雷? こっちへ来るなと祈ります。しかし登るうちに雲と雲のすき間から丸く広がる色とりどりの花火が見えました! もっと近くに、もっと高くに見えると思っていたのですが、意外と小さく下のほうでパッパッという感じ、でも元気をもらいました。すでにかなり暗いのに、ライトなしで下りてくる人がいます。あぶなっかしいので可能な限り足元を照らしてあげたりしました。次第に足が重くなり、段差を上るのがきつい。7合目手前でこんなんで大丈夫か?と自問。体力ゲージはイエローゾーンに入っています。なんだかやばいぞ、オレ。

○20時〜 7合目から8合目、リタイアを覚悟
花小屋にはだいぶヨレヨレな状態で到着。この先の登山が非常に不安ですが、ここまではほぼ標準的なタイムで登ってきているので、ゆっくり行けばなんとかなるだろうと20時に出発。今まで体力の消耗度は足し算式に増えていた感じでしたが、このあたりからの消耗度は掛け算式に増加。想定外の急激な疲労感で、数歩進む度に体力が削られるような錯覚を覚えます。女性2人がおしゃべりしながら追い越していきましたが、こちらは声を出す余裕もなく、体力ゲージはレッドゾーンです。トモエ館、鎌岩館と連続する山小屋の度にザックを降ろして小休止するものの、富士一館、鳥居荘あたりになると、山小屋前の階段が登れない。大袈裟でなく、ほんとうに登れない。それをむりやり一歩ずつ登って山小屋前で小休止。すると少し回復して次の山小屋を目指すぞというくり返しで、なんとかオープン前の東洋館までたどりつきました。ここまでは山小屋の間隔がわりと狭く、その都度休憩をとりながら登ってこれましたが、東洋館から太子館の間が遠く、溶岩地帯を登るようになり、残りわずかな体力を一気に消耗。ここまででリタイアしようかと真剣に思いました。美しい星空が見えているのに、楽しむ余裕が全くない状態です。身体を動かすのがつらい。

○22時30分〜 8合目から本8合目までが地獄だった
気温も急激に下がり、風も時折突風が吹き付けて、冷たい風に砂がとばされてパチパチと音をたてます。雨じゃなくて本当によかった。この疲労度に加え、強風が吹きつける状態でこの寒さのなか、もし雨が降り始めたら生きて帰れなかったんじゃないかとさえ思います。そうでなくても冷静な頭脳で判断すれば、ここで引き返すのが正解だったのかもしれません。しかし酸欠ぎみの頭脳が「せめて去年登った須走口との合流地点までは行こうよ」とそそのかします。体力ゲージはレッドゾーンを振り切って、すでにEMPTYを指していますから、下山のことはとりあえず考えないことにしよう、という感じです。一歩の歩幅は15〜20p、それ以上はむりですが、繰り返すと数メートル進みます。脚に鉛が張り付いているように感じると同時に、心臓が恐ろしく早く力強く鼓動しているのを自覚するので、深呼吸しながら立ち止まります。すると少し落ち着くので、また小さな一歩をゆっくりと積み重ねます。20p程度の段差が出現すると、一瞬躊躇して立ち止まります。意を決して重い足を持ち上げ、踏み込み、身体を引きずり上げます。次のコーナーまでノンストップで歩こうと小さな決意を何度もしますが、ほとんど挫折します。でも、また歩き続けます。足踏みしているだけのようでも確実に前進しています。意思を持たないマシーンと化しています。眠気からか疲労からか、歩きながら意識がスッと消えかけてあわてます。同じグループに何度も抜かれ、次の山小屋で合流し、先に出発してまた抜かれを繰り返していましたが、さすがにこのあたりから置いてけぼりになりました。

○7月5日 1時 富士山ホテル
長袖シャツにフリース、レインウエアという服装でも、歩き続けて汗をかかないどころか、立ち止まると寒いくらいです。口元はかじかんで、うまくしゃべれない、いや、それ以前に疲れて声が出ない。富士山ホテルの方が「何か注文してくれれば中で少し休んでもいいよ」と言っているのがきこえたので、外のひどい寒さと強風では休んでいられないと思い、入れてもらって肉うどんを注文。山小屋のおじさんが、「山頂まで1時間、ゆっくり歩いても1時間半」と言っているので、自分のペースでは3時間かなと思う。ということは、ご来光に間に合うじゃないかと、ガゼン前向きな気持ちになりました。冷たい風をさけて温かいうどんを食べて休んだことで、元気が戻ります。山小屋のおじさんが「山頂はここより5度気温が低い」と言うので、持参したダウンジャケットも着込んで、さあ山頂を目指すぞ!(あれ、須走口との合流地点までじゃないの?)ゆっくりでも歩き続ければ、いつかは到着するにちがいない。気合だ!!

○2時 トモエ館と胸突き江戸屋の間を通過
去年通った所だ、と思いながら胸突き江戸屋の横を通過。ここからは去年登った記憶があります。風が少し弱くなってきたような気がしますが、顔が寒い。振り返るとヘッドライトの列が自分の後ろに出来つつあります。山小屋1泊組が一斉に登りはじめたようです。元気な彼らはどんどん追い越していきますが、こちらは相変わらずの燃料切れのスローペースです。御来光館を過ぎると鳥居を目指して「ガンバ、オレ!」と自分を励ましつつ歩き、やがて9合目の鳥居を通過、3時。去年はここから山頂まで30分だったと思い出し、その3倍近い時間をかけても御来光の時刻に間に合うんだと思うと、少し気楽になります。後続の方にはどんどん抜かしてもらって、何度も立ち止まりながら足踏みを繰り返していると、やがて上の鳥居が見え始めました。「あのコーナーを曲がれば、あとは真っ直ぐ鳥居をくぐって山頂だ」と思い、「よしラストスパート! ノンストップで行くぞ」と決意したものの、結局3回も立ち止まってゼーゼーして、さらに狛犬に手をついてゼーゼーしてからようやく鳥居をくぐり、山頂へ。

○4時 山頂(久須志神社)
やったー、という達成願というよりも、結局ここまで来ちゃったなあという思いのほうが強く、感動とは程遠い心境で、なんだか不思議な感じです。駅から歩いて徹夜で登頂し、御来光の時刻に山頂にいることが出来たわけで、ヨレヨレになりながらも気力で目的は達成、ホッとしたという感じでしょうか。さて、日の出まではまだ30分近くあります。久須志神社も山頂の山小屋もトイレも全て閉まっていて、雪が部分的に積もっています。寒い! 東の空はうっすらとオレンジ色に染まりはじめています。風の強い日はきれいな御来光が拝めると聞いていましたので、おおいに期待が高まります。と、北西側から白い霧がさーっと流れてきたと思ったら、オレンジ色に染まりかけた一帯にドッとぶ厚いい雲が流れ込み、ああ、これでは御来光は無理だなという状態に。あと15分待ってくれたら…ま、お山の天気だから仕方ないか。ザックのサイドポケットのペットボトルの水がほとんど氷、温かいものが飲みたい。後で調べたところ、午前4時の山頂の気温は−2.5度、河口湖上空4qの風18mでした。極寒というか獄寒というか… ホッカイロを持ってこなかったことをひどく後悔しました。御来光が拝めないとなれば、こんなところに長居は無用!

山頂は寒い

○4時30分 下山開始
下山道は雪で閉鎖されているため、下山は登山道をを引き返します。登ってくる時には暗くてわかりませんでしたが、下山道のあるあたりは雪で真っ白、登山道の右も左もだいぶ雪が残っています。さて、みんなの登山記のなかには下山が大変だったという方がいらっしゃいますが、ああ、こういうことかと今回身にしみて実感しました。上りで体力を使い果たした後の延々と続く下り坂に、本当にうんざりです。もういいよ!もう勘弁して! という気分ですが、下りないことには家に帰れません。家に帰りたい一心です。笑う膝と力の入らない腿をだましながらの下山は、拷問のようでした。山小屋を過ぎる度、登ってくる時には「登れないー」と絶望した階段が出現し、今度は「下りられないー」と絶望、踏ん張りがきかないから転がり落ちそうで怖いのなんの。この程度の段を下りるのが怖いだなんて、普通はありえないと思いながら、本当に怖い。というわけで、下山も皆さんに追い抜いていただいて、ゆっくりペースです。だんだん陽も高くなり、ものすごく時間が経過したような気がして、もう昼過ぎなんじゃないかと思い始めます。時計を見るのが怖いから見ない。でも登ってきた人が「おはようございます」って言っていたから、まだ朝? 7合目あたりから山小屋を通過する度に1枚ずつ着込んだものをザックにしまいながら下り、やがて安全指導センターが見え始めると、あと少し、頑張れ! という気分になりました。今回の登山は「駅から」でしたが、帰りは「駅まで」でなくてもよしとしておりましたので(ずるい?)、スバルライン五合目に向います。この6合目〜五合目の道は初めて通るので新鮮ではありましたが、、疲れた脚には長い!! これから登る登山者は、元気に「こんにちは」と声をかけてくれますが、「悪いけど声かけないで、返事する力残ってないから」。

下山道は雪の中
(9合目あたりから下山道方面を写しました)


○10時10分 スバルライン五合目に到着
計画段階では余裕で10時発の新宿行きバスに乗れるんじゃないかと思っていましたが、午前中に下って来れたことが奇跡という気分です。11時発の新宿行きバスがとれたのは、1人旅ならではのラッキー! 五合目でのんびり休む間もなくバスに乗ったら、即眠りに落ちました。 今回の富士登山は、駅から歩いてすこしずつ高度順応していったからか、それとも昨年秋にタバコをやめたご褒美か、高山病の症状はほとんどありませんでした。 水分は500ml×3を持参しましたが、夜間は寒くてあまり飲まなかったこともあり、下山後に250mlほど残っている状態でした。

 今回は登山道開通直後の登山で、まだ登山者が少ない時期でもあり、夜間登山ということもあって、8合目あたりまでは自分以外に10組位の登山者にしか出会いませんでした。そんな中、これだけの疲労と寒さに加え、雨が降る、脚を挫くなどの事態に見舞われたとしたら、たとえ夏の富士登山とはいえ命を落とす可能性はあると感じました。富士山は、登山道の脇で休む人がいるのが当たり前になっているため、そのなかの1人が息をしていなくても気づかれないんじゃないかという怖さがあると思います。「さっき山小屋前のベンチで休んでいたおっさん、今度はこんな所で寝転がって休んでらあ」みたいに… 大袈裟かもしれないけれど、ないとはいえない。

 今回は、修験者のように、自らに苦行を課すがごとき登山という要素がはじめからあって、大変なのは覚悟の上だったのですが、それにしても想像を超えた疲労感に「こういう登山はもういいよ」という気分です。次回はもっと楽しめる登山を目標にプランを立てたいと思います。「駅から」はもうこりごり、せめて麓(馬返)からにしよう、いやいや、五合目からにしておけ。登るのは景色を楽しみながら昼間のみ、夕方までに到着した山小屋で1泊して、朝までしっかり休養した後で余裕をもって山頂を目指すことにしよう。御来光は運が良ければ山小屋前で拝もう(富士宮口から登る時はあきらめよう)。そしてなによりも、「もう若くはないんだ、自分が思うほど自分は無理がきかない」ということを強く自覚しよう! と思わせられた今回の富士登山でした。

●追伸  北海道大雪山系の遭難事故のニュースに接し、きつい富士登山を終えた後だっただけに、他人事と思えませんでした。疲れが蓄積した所に寒さと風雨にさらされ、辛かっただろうなと思います。低体温症により不幸にも10名もの方が亡くなられたとのこと、ご冥福をお祈りいたします。

(おしまい)

(管理人)
富士吉田駅から一気に登頂。寒さの中の徹夜登山というだけでも大変なのに、山麓から歩いてきたのだからその辛さは想像を超えています。なお、青空高きさんは47才です。



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(09/7/24)