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  私の富士登山記・27

 2007年7月28日(土)〜29日(日)須走口

 飲み仲間たちと登ってきました。男6人、女2人。今回は主賓?のEさん(♀)の希望で山頂で御来光を見るスケジュールになりました。日程も7月28日から登る事に2ヶ月ぐらい前から決定済み。それで泊まりにしようか、登山口はどこにしようかといろいろ考えましたが、週末に宿泊するのは大変なので徹夜登山に、またマイカーで行くと駐車場に入れるかどうかわからないので、バスでアクセスすることにしました。そこで横浜在住の私が一番行きやすい須走口になりました。

 このスケジュールに不安がなかったわけではありません。以前、須走口を徹夜登山して半数がリタイアしたことがありました。河口湖口の方が山小屋が多くにぎやかなので便利で飽きにくいです。しかしそれも2年前の大渋滞で懲りています。結局、週末に登るのはどうしてもしんどいのはわかっていたので覚悟を決めて登ることにしました。結論から言いますと、とにかく徹夜登山は厳しかったです。天候は穏やかで風が弱く、登山にはかなり良い状況だったのですが、眠くて眠くてふらふらでした。もう二度と徹夜で一気に登るのは止めようと思った登山でした。

 日帰りで宿を予約しないので、当日ドタキャンありという前提にしました。予定のバスに乗れなかったらそれで脱落。マイカーならいろいろ融通が利くので多少待っていても良いのですが、バスですからそうはいきません。そしてこれなら当日、ちょっとでも迷いが出ても気軽にキャンセルできるので、幹事役の私としても「無理して来たんじゃないのかな…」と余計な心配をする必要がありません。

 28日17時に御殿場駅を出発するバスに乗る予定。そのために30分前に御殿場駅に到着する電車を指定しました。しかし3人乗っていない。1人は先に到着していたのですが、2人は御殿場駅に16時57分着の電車で来るという連絡が。たった3分でバスに乗れるのか心配しましたが、結局すべり込みセーフで乗車。ただし、バスにはけっこう乗っていて、彼らは座れませんでした。18時前にバスは須走口新五合目に到着。天気は良好。富士山がきれいに見えます。



 わざわざ新五合目まで見送りに2人来てくれました。昨年一緒に登ったHさんと、以前何度か一緒に登ったTさん。それぞれ、マイカー、単車で来たのです。東京から気軽に来てしまうのだから軽快なフットワークです。それから以前からよく一緒に登っているAさんが16時頃にマイカーで到着済み。夕方なので駐車場に入れたそうです。全員で東富士山荘で夕食。名物はきのこ料理なのですが、人出が多すぎたのか、きのこのストックがなくなったとのこと。私は豚汁ととろろご飯を注文。量は十分。豚汁の具が多くて食べ過ぎが心配になるほど。

(参加者)
Aさん(男)登山経験豊富。登るのが速い。
Bさん(男)過去2回登頂。太り気味。
Yさん(男)初登山。中肉中背。
Sさん(男)初登山。重量級。
Kさん(男)一昨年登頂。
Oさん(女)KさんとOさんはカップル。
Eさん(女)スリムで登るのが速そう。
管理人(男)運動不足。体力低下。太り気味。

 19時10分。いよいよ登山開始。この頃は天候の良さもあって、写真にはみんなの満面の笑み。やがて苦しく辛い登山になることを微塵も予想していません。見送りの二人は登山口の神社まで同行してくれました。登山の安全を祈ってから樹林帯に入っていきました。

 さて、事前に私が考えたのは、まずAさんとEさんは速いので先に行ってもらう。Sさんは重量級なので後ろのグループになるだろうから私が一緒に登る、ということです。登りだしてから予想通り、AさんとEさんはあっという間に姿が見えなくなりました。Yさんも一緒に行動しているようです。それにつられてSさんがすごい速度で登っていたのであわてて制止して、それからはゆっくりしたペースで登りました。いちおうはSさんのサポートという事でしたが、彼は重量級でもまだ若い。私は太り気味でおっさん。結局、登る速度はもともとあまり変わらないのでした。そして、空気が薄くなるほど元気になるBさん。この3人がまとまって登るようになりました。その後は、先行チーム3人、カップル、メタボ三兄弟チームの3つに分裂しての行動になりました。もちろん全員一緒に登るのが良いのでしょうが、そもそも幹事役の私の登る速度が遅いので仕方がないのです。

 須走口の樹林帯部分は登山道と下山道が交差しているので間違えやすいです。 後から聞いたのですが、Eさんが見事に下山道へ進んでしまい、どうやら砂払五合目の吉野屋の前を通過していたらしい。しかし、六合目の長田山荘では合流することができました。我々が六合目に到着したのは21時。出発から2時間近くかかりました。これは遅い。先行チームはかなり待ってくれていたようです。

 休憩後、次の瀬戸館をめざして登山再開。風は穏やかで登るには大変に良い状況です。ただし空気は少しもやっとしています。空気が澄んでいれば下界の夜景がそれこそ宝石箱をひっくり返したようにきれいに見えるのですが。それでも山中湖に打ち上げられる花火が遠くに小さく見ることができました。

 22時に瀬戸館に到着。待っていた先行チームは我々が来たので少し談笑してから出発。その時、斜面を登り始めた白いスラックスパンツ姿のEさんの足が地面から浮いているように見えました。それだけ軽快に登って行きます。富士登山はやはりスリムな方が断然有利だなと当たり前のことを再認識しました。

 23時半に大陽館に到着。先行チームはここでも待っていてくれました。しかし、残念ながらSさんが腰を痛めたとかでここでリタイヤ。大陽館に宿泊することになりました。週末なので泊まれるかどうか心配したのですが「廊下で良ければ」という回答。泊まれるだけでラッキーです。Sさんを残して、我々は登山を続行。昨年のように、最初から大陽館に泊まるスケジュールなら初日はここまでで終了。ゆっくり休養してから翌日登れるのですから、Sさんも登頂できた可能性は高いです。先行チーム、カップルは先に出発。私はBさんと二人で登り出しました。写真は大陽館の脇に立っている看板。

 この頃から睡魔でフラフラになっていました。八合目に着いたら宿泊しないと無理かななどと考え始めていました。もともと富士登山そのものが楽なわけではないのに、徹夜の場合はそれに「眠気」が加わります。このさらなる負荷はきついなあと身にしみて感じていました。とにかく、もう徹夜登山は二度とやらないぞと思いながら登っていきました。0時40分に見晴館。先行チームはまたまた待っていてくれました。 気持ちはうれしかったですが、さすがにこれ以上待ってもらうと彼らが御来光に間に合わなくなります。我々が登ってきたのを確認してまたすごい速度で登っていきました。休憩後、またBさんと一緒に登っていきました。このあたりからは河口湖口ほどではないにせよ、登山客が数珠繋ぎになっていました。

 2時半、本八合目に到着。私もBさんも疲労困憊。江戸屋脇のベンチに腰掛けて休みました。Bさんは短時間でもうまく眠ることができ、さらにトモエ館で甘酒を飲んで暖まりかなりリフレッシュしたとのことでした。私は眠いはずなのに一瞬でも寝ることができずあまり快復できませんでした。Bさんによると私は「もう宿泊したい」とか「御来光は無理だな」とかいろいろぼやいていたらしい。ベンチの前ではあるツアーの添乗員が参加者の点呼を取っていました。狭い場所に登山客がぎっしり。点呼を取るのも大変です。

 1時間ほど休んだ後、ここまで来たらもう登るしかなかろうと、重い腰を上げて登り始めました。ここで興味深い事が。あるツアーの登山ガイドが「下山道を登っていきます」とそちらへ参加者を誘導しました。別のツアーのガイドは「下山道はきつすぎるので登山道を行きます」と誘導。私はその時は後者のガイドに賛同しました。下山道を登るなんてきびしすぎる。そんなの絶対に御来光までに山頂へ行けないと思いました。しかし、結果的には(その時点で本八合目をスタートした場合は)下山道を登る方が正解でした。

 登山道はすでに大渋滞でなかなか先へ進めません。私はもうバテバテだったのでペースが遅いことには全く不満なし。むしろその遅さがありがたいぐらいでした。時々、下山道の方を見ると、暗闇の中に、いくつものツアーの灯りの列が登っていくのが見えます。最初のうちは、「下山道を登るのは大変だなあ」と思っていたのですが、登山道が大渋滞でなかなか進めない間に、やがてその灯りの列が山頂近くにまで上がっているのです。御来光の時間に間に合ったツアーが多いように見えました。

 空がだんだん明るくなってきました。御来光の時間が近い。午前4時40分すぎ。なんと我々はまだ九合目の迎久須志神社にも到達していないのです。遅いにもほどがある。御来光は雲に隠れてしまいました。これだけ穏やかな天候だと雲が風で吹き飛ばされずに残ってしまうからこれは仕方ないなあと思いました。ここでようやくEさんに電話で話ができました。彼女はすでに登頂。しかし一人になってしまったそうです。でも、山頂の山小屋群はそんなに広くなく、真ん中あたりでじっとしていればいずれ見つかるはずなので特に心配はしませんでした。

 あまりに列が進まないので、ロープを外れて登ろうとする人が出始めました。ロープのすぐ外側を歩くのはまだカワイイもので(もちろん許される行為ではありませんが)、なんと全く登山道と関係ない場所を登り出すオバカさん登場。彼が登っていたのは下の写真の右側部分のような岩が転がりやすそうな危険な場所。さすがに登山客から「お〜いやめろよ」という声がかかり、彼は一番近い登山道へ戻ってきました。そもそも彼が登ろうとした場所は砂礫地帯で滑りやすく、ちっとも速く登れないのです。ただ落石の危険を作り出していただけ。その後も彼は登山道を微妙にずれて少しでも先に行こうとしていました。



 バスツアーに参加した人たちもあせっていたようです。本八合目であるガイドが話していたのを聞いていたのですが、「6時までに山頂の○○屋に到着して下さい。無理だと思ったら途中で引き返して下さい」みたいな内容です。 もちろんそうしないとスケジュールが遅れてしまうから仕方ないわけですが、参加者にしてみれば、九合目まで登ってきて体力もまだ十分なのに、渋滞のせいで先へ進めないというのが究極の苛立ちと焦りになったようです。ここまで来たら登頂したいと思うのは当然でしょう。

 4才の男の子が登っていました。大渋滞の中ですぐ後ろに立っていた彼を見たのですが、つなぎの服を着てかわいいったらありゃしない。パパ、ママとお兄ちゃんの4人で登っておられました。彼が4才だとわかったのは、どこかのおばちゃんが年齢を尋ねていたのが聞こえたからです。

 本八合目から約3時間!!! 午前6時40分に登頂。すぐにAさんが見つかりました。すでにEさん、Yさんと合流しているそうです。Eさんのところへ行くと見知らぬ女性とレジャーシートにくるまっている。なんでも御来光前に到着したのだが、その女性が軽装備であまりに寒そうだったので一緒にレジャーシートにくるまって暖まっていたらしいのです。良いお友達付き合いが始まりそうで見た目にも微笑ましかったです。Kさんカップルは見あたりません。後で聞いたところでは八合目でリタイアして宿泊したのだそうです。Kさんは一昨年登頂していますし、同行の女性は登山に向いていそうなスラっとした体型。それでもリタイアしてしまったのだから、やはり徹夜登山は厳しいと感じました。写真は前日、プロパンガスの爆発事故があった山口屋。内部はすでに片づけが進んでいました。

 Eさんたちは食事がしたいとのこと。私は山小屋の中の空気がよどんでいる感じだったのと全く食欲がないので外で待ちました。空気が薄くなるほど元気になるBさんはお鉢巡りの意欲満々。しかし、私はもうフラフラなので下山を希望。幹事としては責任放棄もはなはだしいのですが、ベテランのAさんがいますし、Bさんもすでにお鉢巡り2回の経験者。これなら問題なかろうと、火口そばで記念撮影をしてから、私だけ先に下山することにしました。お鉢巡りに出発したのはAさん、Bさん、Eさん、Yさんの4人。



 登ってしまったものは下山するしかありません。午前8時下山開始。決して急がず、ゆっくりと下りて行きました。下山道はちょっと湿っているせいか砂塵があまり起こらず助かりました。途中、私の数メートル先を歩いていた学生らしき男子が、道の谷側に寄りすぎていたためにソフトボール大の石を蹴り落としてしまいました。その石はどんどん転がって落ちていきました。ちょうどその下には下山道がない場所だったのでたぶん被害はなかったはずですがヒヤっとしました。蹴落とした彼は順調に駆け下りてどんどん先へ行ってしまいました。

 下山開始後45分で河口湖口との分岐点に到着。メールで「須走口行きの案内板の色がまちがっている」という情報が届いたのでそれを確認しました。確かに須走口は赤がシンボルカラーのはずなのに縁が黄色くなっています。これでは勘違いしてしまいそうです。英語でSUBASHIRIと書いてありますが、これがまたスバルラインと語感が似ていて紛らわしい。
 この分岐点では河口湖口へ戻るべき人がまちがって須走口へ下りてしまうケースが頻発します。私の後ろから一人の青年が「○○○に参加の○○さ〜ん!」と、大声を出しながら駆け下りて行きました。つまりツアーの参加者がまちがって須走口方面へ進んでしまったので、添乗員さんが追いかけて来たということのようです。私の視界の範囲では彼はその人をつかまえられませんでした。かなり下まで追いかけていったようです。本当にご苦労様です。

 すでに小雨が降っていたのですが、私は防寒のために登っている時にレインウェアを着込んでいたので、そのまま下山を続けます。大陽館からの登山道との合流地点を過ぎて下山道を進んでいきましたが、なんだか様子がおかしい。下山道を登ってくる人がやけに多いのです。途中で「この道には下山道という立て札がいっぱい立っているが八合目へは行けますか」と尋ねられました。もちろんそれは問題ないと答えたらその方は安堵した様子でまた登り始めました。

 やがて大陽館直上の登山道と下山道との分岐点に戻ってきました。そこで原因がわかりました。標識が大変に誤解しやすいように立っていたのです。下山道の手前に「登山道→」という標識があるのです。おそらく立てた人は「登山道はこの標識に向かって右方向へ進め」というつもりなのでしょうが、下山道の左側に立っているので、いかにも下山道が登山道であるという風に見えます。 ちょうどその時、中学生ぐらいの女の子を5人ほど引率している男性がやってきました。私はもしかしたらまちがうのではないかと心配になり、少し下から彼らの行動を見守っていました。すると男性が予想通り下山道の方へ進み出しました。私は大声を出してまちがいを知らせました。しかし、あの標識ならまちがえて当然です。下山道は砂礫がちょっと深いので下るには有利ですが、滑りやすくて登るのは大変なのです。また下山道へ進んでしまうと見晴館にたどり着けません。

 午前9時半、大陽館の前でスパッツを装着してから砂走りへ。入り口は崖のような状態。砂走りは雨が降っていても砂塵が結構舞う。視界がやや悪くて登山道の山小屋が見えないため、砂走りのどのあたりを歩いているのかがわかりません。



 砂走りに入ってから45分でようやく吉野屋に到着。デジカメのタイムデータで45分だとわかるのですが、体感ではもっと長く感じました。吉野屋では混雑していたせいもあって休憩なしで通過。 この時点で10時25分。登山バスは毎時30分だと思っていたので11時半のバスには余裕で間に合うと思いながら樹林帯の下山道をゆっくり進んでいきました。 やがて神社が見えてきました。おばちゃんたちがいっぱい並んでいたのでお社には会釈しただけで通過。そして東富士山荘が見えました。バスの発車時間が書いてあります。「なに?11時ちょうどのバスがあるのか!」時計を見ると10時59分。あわててバス停に走り出し、手を振って運転手さんに乗車の意志表示。 ギリギリで間に合いました。

 乗った途端に声をかけられました。Kさんカップルが乗車口付近の座席に座っていました。ここでうまく合流できました。バスは立っていた人が数人いましたが、空いている座席もあったのでそこに座りました。疲れていたので助かりました。御殿場駅ではKさんたちと駅前のレストランに入って食事。ビールをジョッキ2杯。うまかった〜。その後、御殿場線、東海道線を乗り継いで帰宅しました。

 帰宅後、Sさんが大陽館から携帯電話を使って書き込んだインターネットの日記を見ました。午前5時すぎに大陽館を出発して下山していました。Aさんたちはお鉢巡りの途中でへばってしまった人が出たので富士宮口頂上まで行って引き返してきたそうです。その後、雨に降られ、足を痛めた人が出て、4時間かかって下山。なかなか苦労したようです。

 御来光を見ようと思ったら宿泊するか徹夜登山しかありませんが、もう私は体力的に徹夜は無理だなと思いました。普段あまりに運動不足で、それも大きく影響しています。山頂での御来光にさえこだわらなければ富士登山は一気に苦しさが減るのですが、それでも「山頂で御来光」という目標を掲げて頑張る人はこれからも多そうです。今回のように幹事自身がヘロヘロになってしまうことがあるので、人数が多い時はAさんのようなベテランに参加してもらうべきだと改めて思いました。

 さて、自分で書いた登山記を読み返すと、今回はちっとも楽しいことを書いてないですね。同じ須走口なのに昨年とは大違いです。楽しかったのは登山前の東富士山荘での夕食と下山後のビールぐらい。とにかく今回はしんどい登山でした。でも、帰宅後、シャワーを浴びて熟睡する心地よさや、登山後数日間続く太ももの筋肉痛の「痛キモチ良い」感覚は楽しめました。

17:55 新五合目到着
19:15 登山開始
20:58 長田山荘
22:00 瀬戸館
23:25 大陽館(休憩25分)
0:38  見晴館(休憩25分)
2:31  胸突江戸屋(休憩1時間)
3:59  御来光館
5:14  九合目 迎久須志神社
6:43  山頂到着
8:00 下山開始
8:45 八合目 江戸屋(分岐点)
9:23 大陽館(休憩12分)
9:39 砂走り
10:23 砂払い五合 吉野屋
10:59 新五合目到着

登り11時間18分
下り2時間59分


★教訓:徹夜登山のつらさを改めて知る。

(2007/8/11)


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