■2002年8月22日(木)〜24日(土) 精進口
はじめに
このたび父親の私(41歳)と次男(小5・10歳)の二人で富士山を目指しました。
「一度も登らぬ馬鹿」にならないよういつかは富士山に!とは若い頃からずっと思いつ
づけてきましたが、子供が生まれてからは「子供と一緒に登るまでとっておこう」と時
期がくるのを待っていました。そして今年ついに実現のはこびとなりました。残念なが
ら長男はトレーニングに行った北アルプスで足を痛めてしまったのと、それほど富士山
に執着心がなく断念。長男とは対照的にやる気満々の次男と二人で決行。「たぶん一度
きりの富士山、せっかくだから下から登って丸ごと味わおう」ということでゼロ合目か
ら歩くことに決めました。そこでガイドブックやHPで調べましたが、意外にも日本を代
表する山なのに下からの登山道をガイドした記述が皆無に等しいのです。それでエアリ
アマップの「山と高原地図」で調べると、どうやら車道歩きのない下からの登山道は精
進口登山道のみ。
前置きが長くなりました^^;、以下精進口登山道を中心にした父子のんびり登山記で
す。(※文中の標高は25,000分の1地形図と高度計で確認したものです)
一合目をめざして
8月22日11:50。河口湖行きの富士急バスを精進湖口で降りる。(標高約900
m)
近くの商店でお茶を買いがてら水を2リットルいただく。精進口登山道に通じる東海自然歩
道は道標がありすぐにわかった。東海自然歩道とはいえ、一歩踏みこむとそこはもう青
木が原の樹海。ひと目で溶岩とわかる気孔だらけの岩を木々の根が包み込み、その上を
雪が積もったように苔が覆っている。道端の木に巣箱のような物が取り付けてあり中を
のぞくと自殺を思いとどまらせるための警告チラシが・・・。やや気分が滅入る。
一日目のこのコースで一番恐れていたのは道迷いだったが、東海自然歩道から精進口登
山道に入ると意外にも幅3mくらいのアスファルト道が南東の富士山目指して一直線に
続いている。時折シジュウカラとコゲラの声がする。樹々の名前は赤松とハンノキくら
いしかわからないが、広葉樹が多い。密度が高く、暗い森林のためか足元に花の姿はな
い。小一時間でアスファルトの道は終わるが、道幅は依然として車が通れるくらいで斜
度もゆるく、坂という感じがしないくらい。足元にはソフトボール大の溶岩がゴロゴロ
していて歩きにくい。アカゲラの鳴き声も聞こえる。(写真:東海自然歩道の入口)
車道と交わる1100m付近に来たところで、前方に何か動物のようなものが横たわって
いる。近づいてみるとニホンジカの死体だった。立派な角を持ったオスだ。腐敗が始ま
っていて死臭が凄い。そこから県道まで50mほどしかないところをみると、おそらく車
にはねられたが自力でそこまで来て力尽きたのではないだろうか。自然死なら登山道ま
で出てきたりはしないと思う。アスファルト道を横切ると、「富士風穴」の見物客らし
い車が4、5台。ここで大休止。コッヘルでインスタントラーメンを作って食べる。
(写真:一合目への古い石畳)
15:10、地形図にない分岐に出くわす。道標もないので出発時に合わせた高度計の標高
を信じて地形図の方位に従って進む。よく言われる樹海の中での磁石の狂いは感じられ
ない。
16:10、長尾山分岐を過ぎるとモミノキの林が現れる。モミノキ林が終わると、赤松な
どの疎林になり、道が明るくなった。そのせいか数種類の花が目に付く。ヒメジョオン、
ヤマホタルブクロ、アキノキリンソウが咲いている。道幅は依然として軽自動車が通れ
るくらいだが、整備はされていないためか両脇の草は伸び放題。キセキレイが道案内の
ように前を行く。
16:27、ようやく一合目天神峠(1350m)に到着。交差する車道には車が1台とまって
いる。この道は鳴沢林道と呼ばれ山腹を巡るだけで、もちろんスバルラインや富士山の
登山道にはつながっていない。
小屋がない!
17:28、一合目からちょうど一時間で二合目に到着。二合目はふたたびアスファルトと
交わったところにあり民家風の建物が建っている。木々の間からかなり西に傾いた太陽
がちらついている。「三合目までもうひとがんばりしよう」と暗い林道続きで疲れた様
子の息子を励まし進む。
18:15、富士スバルラインの下をくぐる。ここには「三合目」という富士急のバス停が
ある。スバルラインの影響だろうか道がけっこう荒れていて倒木が多く、プチ迂回路が
そこここにできている。(写真:天神峠(一合目)写真左の暗い道が富士へ向かう精進口登山道)
18:45、ようやく目的の三合目小屋の広場に辿り着いた(1786m)。が、まだ明るさの残
る広場をどう見回しても小屋らしきものはない。高度も地形的にも合っているはずだ
が・・・。
新しい地形図にもエアリアマップにもはっきり小屋マークは記されてはいるが、どうや
ら更地になったのは最近のようだ。小屋が使えないことは予想していたが、ここまで更
地になっていると返ってスッキリする。仕方がないのでツェルトを張り、「サトウのご
飯」とレトルトのカレーを食べて早々にシュラフにもぐり込む。三合目の標高は1800m
弱だがこの日はそれほど寒くもなく、疲れも手伝って息子ともどもよく寝られた。(写真:小屋がなくなった三合目)
やっと登山者に会う
二日目、4:30に起きたがまだ暗い。ツェルトから出て雲の多い空の様子を眺めている
と、空が白むのに合わせて小鳥たちが鳴き始めた。「チョリチョリ・・・」と一羽のメ
ボソムシクイが第一声をあげると待っていたように数箇所から同じくメボソが鳴きはじ
める。続いて「ピープー」と口笛のようなウソの声が聞こえてきたが、それだけだ。さ
えずりのシーズンはとっくに過ぎているので仕方ないか。と寂しく思っていたら「キョ
キョキョ・・・」とヨタカの声。よく見るとすでに明るくなってきた小屋跡の広場を二
羽が飛び交っている。一羽が近くの木にとまったが黒っぽいシルエットにしか映らない。
それでもヨタカの飛翔を初めて目にして大満足。早起きは三文の得である。
空は雲が多いが明るい。朝食をとり、ツェルトをたたんで6:30に三合目をあとにする。
30分ほど歩くとカラマツ林になり「山梨森林百選」の看板が立つ。目立った大木がない
のはやはり地盤が溶岩のせいだろうか。
途中一回の休憩をはさんで四合目の小屋に到着(2060m)。ここの小屋もまた無残に崩壊し
ている。使えなくなって相当の年月が経ったと思われる。ただ、小屋と共に風雪に耐え
てきたような木製のベンチがひとつ「まだ使えますよ、どうぞ」とばかりに登山道に向
かって突き出ている。では、とそのベンチに腰掛け、昨日から歩いてきた道のりを思い
返す。この精進口登山道の最盛期はいつ頃だったんだろう?おそらく五合目まで車道が
開通するまではそれなりに往来はあっただろう。広い道幅と三合目からのしっかりし
た石畳からして、昔日には行者や富士講の信者で賑わったに違いない。この腰掛で団子
を食ったりもしただろう。ところが昨日今日と一人の登山者にも会ってない。もうこの
登山道は廃れる一方なのだろうか・・。(写真:崩壊した四合目小屋)
そんなことをボンヤリと考えていたら上手から二人連れが下りてきた。50代くらいのご夫婦で、お中道(富士中腹をめぐる古くからの参道)を歩いているそうだ。五合目を目前にしてようやく登山者に会うことができた。
お二人にベンチを譲って五合目に向け歩き出す。道幅は変わらず、所々石畳があってこ
れまでより歩きやすい。道の両側にはシャクナゲの林ができている。大人の腕くらいの
親木の下には苔をベッドに20〜30cmの幼樹がたくさん生えている。五合目までの道は多
少は歩かれているのか、全体的にこれまでよりゴロゴロ石が少なく歩きやすかったが地
盤の侵食により、ところどころ石畳の崩壊個所があった。(写真:四合目から五合目への道)
八合目へ
8:45、辿り着いたのは500台収容の河口湖口五合目駐車場の一番隅っこ(2300m)。駐車
場の真ん中を横切って土産物屋へ。これまでとはうって変わってにぎやかに並んだ店を
3、4軒冷やかしてみる。息子がほしいというので金剛杖を買う。長短あるがどれも千円。
すでに五合目の焼印が押されている。小腹が空いたので食堂で腹ごしらえをして、水を1
リットル買い出発。砂礫の斜面に意外と花が咲いている。
ミヤマアキノキリンソウ、オヤマソバ、オンタデ、トウヒレンの仲間たちが赤、黄、紫
ときれいな花畑を作っている。
10:53、六合目着。雲で視界があまり良くない中休憩していると、ブーメランのような
長い翼を持ったアマツバメが、すごいスピードでかけ抜ける。アマツバメは鳥類きって
の飛行能力の持ち主で、食べるのも水を飲むのも飛びながら、交尾や睡眠さえ飛行中に
やってのける凄いヤツ。富士山の岩場はアマツバメの繁殖地として知られている。六合
目の片隅には古い石標があって、「海抜八千五十二尺」と彫ってある。
12:30、七合目最初の小屋に到着。ここで初めて金剛杖に焼印を押してもらう(200
円)。息子にとってこのあと焼印所ごとに押してもらうのが大変励みになったようだ。
七合目からは所々岩場が現れ、三点確保が必要な場面も。ジグザグの登りを何度もくり
かえし、15:00頃ようやく八合目に到着。ここで雨がぱらつき始め、雨具を着ける。鳥の
声がするので見るとイワヒバリが登山道をチョロチョロしている。この鳥もあまり人怖
じしないヤツだ。(写真:六合目に向かう斜面で)
やったー山頂だ!
16:30、本八合目にある今夜の宿「元祖室」に到着。団体客のキャンセルがあったとか
でひとつの布団にゆったり寝られる。通常この週までは混雑するらしい。夕食はカレー。
うまいが量が足りない。二人でカップヌードルとコーンスープを追加注文し、分け合っ
て食べる。こんな具合だから二人とも高山病の症状はまったく出ていない。下からゆっ
くり登れば楽に高度順応してしまうのだろう。同室の小学生の女の子は完全にやられて
いた。頭痛と吐き気があるらしく深夜まで泣いていて気の毒だった。ほとんど寝られな
かったと思うが、それでも朝にはスッキリした顔で身支度していたので安心した。
5:37、小屋を出発。雨は降っていないが、上も下も雲の中。
6:20、富士山ホテル(といっても山小屋)で休憩。出掛けに小屋でもらった弁当をひ
ろげる(レトルトの牛丼)。食べ終わって外に出ると突然雲が流れ去り、目を染めるよ
うな鮮やかな青空が広がる。山頂からの展望に期待が膨らんだが、歩いているうちにま
た雲の中。
7:36、九合目の鳥居通過。鳥居の柱の割れ目に賽銭のつもりかコインがたくさん差込
まれている。ハングル文字のコインも。しばらく行くとガスの中に山頂の鳥居がぼんや
り現れた。最後の石段を一歩一歩踏みしめて山頂久須志神社の鳥居を並んでくぐった。
「柊二、やったなあ!」息子の健闘をほめ山頂焼印がてら神社にお参り。二人で賽銭を
投げ、手を合わせる。するとどうしたことか目頭がジーンとなってくる。「!!」。意
外なことで自分でも驚いた。確かに長い道のりだったが、苦難に満ちていたわけでもな
い。これまでもっと大変な思いをして山頂を踏んだことがあるが、こんな感情は初めて
だ。これが富士山の力?(気圧が低いと涙腺がゆるむ?)とにかく無事山頂に立てたこ
とを感謝し、下山の安全も祈った。(写真:吉田口山頂久須志神社にて)
お鉢めぐり
下山は御殿場口を予定しているので、剣ヶ峰経由でお鉢めぐりを約3分の2周する。
相変わらずガスは取れず、10m先が覚束ない。風は大したことはないが、念のためテープ
シュリンゲで息子をつなぐ。すると5分と進まないうちに突風にあおられた。ただ、ナイ
フエッジのような尾根ではないので転落の危険は感じない。
10:25、最高峰の剣ヶ峯に到着。象徴だった測候所の白いレーダードームは役目を終えて
昨年撤去されてしまった。とりあえず日本最高峰剣ヶ峯の石碑で記念撮影。するとそこにもイワヒバリがピョンピョン歩いている。日本最高所を歩いている鳥だ。
(写真左:剣ヶ峯の石標で。写真右:強風の中、剣ヶ峯をあとに富士宮口山頂へ向かう)
ここで次男が金剛杖を持っていないことに気づいた。一瞬あせったが剣ヶ峯手前の無
人小屋で休憩した時忘れたのではと思い、息子を待たせ空身で取りに行くとあった。よ
かった〜。15分ほどのロスだったが、焼印がたくさん押された記念の杖が戻ってきて息
子もほっとしていた。
砂走りへ
11:15、富士宮側の浅間大社奥宮に着く頃には青空が見えてきた。気持ちも高揚する。
休憩をしているうちにとうとう快晴の山頂となり、お鉢が全貌をあらわした。さっきま
でミルクの海の中だった剣ヶ峯が抜けるような青空に屹立している。ひとしきり写真を
撮ったあと下山開始。(写真:お鉢が見えた!)
(写真左:浅間大社奥宮前で。写真右:赤岩八合 空には秋の雲)
赤岩八合と呼ばれるところまではひたすらジグザグの下り。御殿場口側の山小屋は一
軒を残して他数軒は早くも閉まっている。その閉まっている小屋ごとに休憩をくり返し
てやがて宝永山が近づいてきた。砂走りの上部に宝永山への分岐がある。当初宝永山に
立ち寄る予定だったが、17:00の最終バスに乗り遅れるとタクシーを呼ぶはめになるので
スパッツを着けてそのまま大砂走りに突入。話に聞いたとおり、足が砂に10cmほど潜っ
てクッションになるため膝や大腿への負担が驚くほど少ない。五合目の駐車場が見えは
じめる地点まで一気に高度を下げていった。砂走りが終わってから五合目まではまた硬
い道となるが、そこで突然後ろから2台の自転車が追い越していってびっくりした。これ
も富士山ならでは?このあたり宝永の火山灰が堆積しているためか、1650m前後の標高
のわりに樹木がない。代わりに大きな花のフジアザミが点在している。
(写真左:再びガスの中、大砂走りを下る。写真右:五合小屋のおじいさんと)
16:30、ようやく御殿場口五合目に到着。ここは海抜1500mなので、2300m近くを一気
に下りたことになる。一軒だけある小屋のおじいさんが次男に労いの言葉をかけてくれ、
五合目の焼印を4種類、サービスで押してくれた。おじいさんと記念撮影して分かれたあ
と、御殿場口五合の鳥居をくぐって三日間の富士登山を終えた。
おわりに
富士山は他の山岳より深刻なし尿問題やゴミ問題を抱えています。そんなこともあって
今回は携帯トイレを持参していったのですが、結局使用する機会は持てませんでした。
ゴミに関しては、精進口登山道にはほとんど見られず、六合目からの吉田口登山道も七
合目あたりまでは目立つゴミはありません。ところが八合目の山小屋群の周りにけっこ
う散乱しているのです。これは推測ですが、これらのゴミは投げ捨ては少なく、大半は
突風などで飛ばされた「不慮のゴミ」ではないかと思います。各小屋の前には休憩用の
ベンチがあり、それらはみな谷側に置かれています。それで休憩時ザックから物を出し
た時やベンチに「チョイ置き」したものが突風で持っていかれる、ということは充分考
えられます。私も帽子を飛ばされそうになりました。
そしてゴミのある場所は斜度のきつい砂礫地帯で、回収は容易ではなさそうです。
御殿場口の登山道はきれいなものでした。
精進口登山道では期待していたほど花や鳥には恵まれませんでしたが、歩いてみよう
という物好きの方がもしいらっしゃれば下記注意事項も参考にしてください。いにしえ
の登山道と静かな山歩きが堪能できることは請け負います。
富士山を北から東へ縦断した今回の山行では、日本一の山をいろいろな角度から体感
することができました。たしかに富士山は他の山にない特徴と魅力と問題さえもあわせ
持っている山でした。天候にも恵まれ、折りしも国際山岳年の年にこんな充実した登山
が親子でできてほんとうによかったと思います。
地元の中学生たちが他の古い登山道を整備していると聞きました。一度きりと思って挑
んだ富士登山でしたが、ぜひまた別の登山道から歩いてみたいものです。
付録 <精進口登山道の注意点> ※2002年8月現在
@ 水場はまったくない
A 分岐にも交差路にも道標がほとんどないので、1/ 25,000地形図は必携(高度計もあ
るとより確かに現在位置の確認ができる)
B 地形図やエアリアマップにない分岐がいくつかある
C 倒木や崩落で荒れた道には巻き道ができている
D 磁石の狂いは感じなかった
E 三合小屋はなく、四合小屋も崩壊して使えない
(管理人)
精進口からの富士登山という、大変に貴重なレポートをどうもありがとうございました。精進口から登って御殿場口へ下山。まさに富士山をまるごと味わいつくされました。