■2006年8月18日(金) 河口湖口
2006年8月18日(金)〜19日(土)の予定が?・・・
息子の高山病で、危険な夜間下山に・・・
京都在住の会社員38歳です。
小学4年生の息子と2人で河口湖口コースより登ってきました。
富士山登山は、昨年の富士宮口から日帰り登頂したのに続き、今回が2回目。
そもそも富士山登山のきっかけは、一人っ子で普段から飽きっぽく根気のない息子の性
格を叩きな直そうと、精神力と体力を身につけさせる為に昨年、強引につれていったの
が最初です。その後本HPや雑誌を見るうちに富士山登山に魅せられた私が、今年はと意
気込んで、山頂で御来光を迎えようと、山頂の山小屋を1泊で予約しました。
当初7/23〜24で計画していましたが、梅雨明けが遅れた為、今回の日程に変更しました。
しかしお盆休みに入り台風10号が接近していましたので、更に2日程延期しようかなとも
考えましたが、台風進路は九州の方へ向かっており、最悪曇りか少雨でも仕方がないか、
取りあえず出発しようと思いなおし、結局8/17木の朝7:00に予定通り京都の自宅を車で
出発しました。
名神高速から中央自動車道を経て河口湖ICまで高速で走り、午後2:00頃河口湖周辺でお
風呂に入った後、直ぐにスバルラインで5合目まで行きました。河口湖口5合目駐車場は、
直ぐ満車になると本HPの情報がございましたので、出きるだけ早く到着したいと思って
いたのですが、スバルラインに入った途端、天候が雨となり、5合目に到着した16:00頃
は天候も小雨模様だったこともあり、比較的駐車場は空いていました。
予定では、この日は駐車場で車中泊して、翌朝早く出発する予定です。到着後は暇なので、
お土産屋を全部回ったり、登山口の位置を確認したりして過ごし、夕食後18:00過ぎには車
の中に入りました。私だけであれば、このまま2〜3時間仮眠した後、夜間登山でも体力的
に問題ありませんが、昨年富士宮口から登った時の息子のペースで山頂まで約9時間かか
りましたので、今回も翌朝5:00に出発することにしました。
車中では、翌朝まで二人とも熟睡できましたが、夜中に何度かトイレの為に起きた時は小
雨模様でしたので、雨の場合は登山せずにそのまま帰ることも考えながら眠りました。
翌朝4時頃、天気もごく僅かな小雨になってましたので、起きて着替え等登山準備を開始し、
5時前に息子を起こして準備をして、5:30に雨具を着て駐車場を出発しました。
登山道に入ると、5合目から下の下界には雲がありましたが、それより上空は直ぐに天気が
晴れてきて、雲もすごいスピードで動きはじめました。その後は時折雲や霧が発生するも、
全般的に晴れの天気となり、昨日朝取りあえず出発したことが正解だったな、この調子で
あれば、頂上では満点の星空と感動の御来光が拝めるとウキウキしてきました。
しかし登りはじめて、私の気持ちとは裏腹に、息子のペースが上がりません。沢山の方々
に追い抜かれながら、ゆっくりとしたペースで歩きました。なかなか6合目に到着しないの
で、疲れただの帰りたいだの、頂上の景色なんか意味ないだの散々文句を言いながら登っ
ていきました。
昨年は、山小屋での焼印Getに夢中となり、途中からペースUPしましたが、今年は7合目ま
での距離が長く、最初の山小屋までがなかなかでしたので、ペースにのれませんでした。
途中何度も休息して、水分や酸素カプセルを摂ったり、ドロップやチョコレートを食べな
がらようやく7合目の最初の山小屋花小屋に到着した時は8:00頃でした。ここで最初の焼印
をGetして、以後連続する山小屋でも、焼印をGetしていきますが、いっこうにペースはあが
りません。
そうこうしながら、やっとの思いで到着した8合目の太子館。11:00頃でした。ここの親父さ
ん曰く、山頂までは今きた時間と同じだけかかりますよとの言葉に、山頂到着は17:00頃か
と覚悟します。
本当は、登頂後お鉢巡りと山頂郵便局で暑中見舞い投函までできれば良いなと思っていま
したが諦めて、とにかく山頂の山小屋に辿り着くことを目標にしました。
その後、8合目のどこかの山小屋でお腹が減ったというので、カレーライスを食べました。
玉ねぎが沢山入ってとても美味しかったのですが、このカレーライスが後に、影響を及ぼす
とは、思っていませんでした。
そしてその後も依然ゆっくりペースで登っていきます。8合5勺の御来光館に到着したのは
14:00頃でした。ここからは一路頂上までなので、引き続き何やかんや励ましながら、登り
ます。見上げれば鳥居が二つ。あの二つ目が頂上やでと励ましても、まだ遠いやんかとやる
気がでません。そして頭が痛いと高山病の症状が出始めましたので、腹式呼吸をさせたり、
酸素カプセルを飲ませたりしましたが、収まらないようでしたので、小児用バファリンを与
えました。それでも頭痛が治まらないようでしたので、ジグザグに続く登山道を1辺毎に休息
しながら登りました。そこうこうしているうちに一つ目の鳥居に到着し、更に二つ目の鳥居
を目指して進みます。少し進んでは休息するを繰り返して、やっとの思いで二つ目の鳥居に
16:30頃到着しました。鳥居や山頂付近で記念撮影して、直ぐに宿泊先の山小屋にチェック
インです。チェックインすると直ぐに夕食がでてきました。カレーライスです。私はペロリ
と食べましたが、息子は1/3食べた辺りで、ゲボ吐きそうと口に手をあてたので直ぐに山小
屋の外に連れ出しました。外に出た途端、先ほど8合目のカレーライス共々吐いてしまいま
した。山小屋の玄関先でもどしたのですが、直ぐに山小屋のお兄さんが砂を撒いて掃除して
くれましたので、汚さずに済んだと思いましたが、山小屋のご主人に高山病ですね?直ぐに
8合目位まで降りたほうが良いですと、遠まわしに宿泊を拒否されました。
息子は吐いた後は、スッキリしたと言ってましたので、一安心してましたが、山小屋のご主
人はとにかく8合目まで降りた方が良いと勧めるので、前金で支払った宿泊費を返金しても
らい、身支度を整えて下山することにしました。もう少し他の山小屋が離れていたら、別の
山小屋での宿泊を考えましたが、他の山小屋も隣接していて、吐いた現場も見られていると
思い、この並びでは宿泊できないなと思い下山することにしました。この時、時刻は既に
17:00を回っていました。
下山を決めた時点で、山頂での御来光は諦めました。とにかく8合目まで降りてあとのことは
それから考えようと、下山開始です。
下山道は岩がなく歩きやすく整備されており、今まで登った苦労は何だったのかと思うほで、
次の山小屋までは直ぐでした。ここで宿泊をすればよかったのですが、息子が帰りたいとい
うので、夜遅くなっても5合目まで下山しようというこにしました。既に夕暮れですので、
下山する登山者や家族連れも殆どいません。途中でアベックの方に抜かれましたが、凄いペ
ースで降りて行かれました。更に4人組の家族連れの方々を途中で追い抜きましたが、その後
会いませんでしたので、恐らく途中の山小屋に宿泊したと思います。
一方、私たち親子は、薄暗くなっていく中を黙々と降りていきます。登りでヘバッテいた息
子も早く下山した一心か、疲れた等の言葉を言いません。その代わり登りでは体力的に問題
なかった私は、下山道では体重のせいか?膝が痛くなりだし、スピードが上げられません。
昨年の富士宮口では、下山時間3時間でしたので、同じ時間で降りられれば、20:00頃には着
けるかなと、少し楽観視していました。下山道は、登山道とは別ルートなので、誰も人がい
ない中を2人で降りていきます。19:00頃には、暗くなりまじめましたので、2人共ヘッドライ
トを装着することにしました。段々と真っ暗くなっていきます。そのうち息子は暗闇で歩くの
が怖いと言い出しましたが、何が怖いねん。ぜんぜん怖くないやろと励ましながら進みます。
息子は、ヘッドライトの電池がなくなってはいけないので、片方を消そうと言いましたが、
電池が切れる訳ないやろと言い返して、そのまま降りて行きました。2人共ヘッドライトをし
ているとはいえ、薄明かりのなか、手を繋いで下山していきます。所々にある看板は見落とさ
ないように、注意書きを全て確認していきます。しかし私は膝が痛くて、歩くペースがあが
りません。そしてヘッドライトを装着して1時間程過ぎたころ、突然息子のヘッドライトが消
えました。電池切れです。大丈夫や。お父さんのがあるからと、直ぐに歩きはじめましたが、
その1〜2分後私のヘッドライトも電池切れで消灯してしまいました。ここで息子が、少し取り
乱し気味に怖いと泣きじゃくります。私はというと、以外にも冷静でした。ヘッドライトが
切れても、ほんの薄明かりの中で、道筋が確認できたからと、下山道には岩や石がなかったこ
とで、道さえ外さなければ怪我せず大丈夫と思ったからです。
息子にも、少し見えるやろと励まします。暫らく暗闇で歩きましたが、ふと携帯電話を持って
いることを思い出して、携帯電話の画面の明かりで足元を照らしながら、進んでいきました。
しかし携帯電話の節電設定で、15秒に一度画面が消えます。その度に電話を開閉しながら進み
ます。直ぐに面倒くさくなったので、画面が消えないように設定変更するわと言って携帯を操
作していると、誤ってバックライトOFFの設定にしてしまいました。画面は真っ暗です。ボタン
の方は微かに光っていますが、足元を照らせる程の光ではありまん。この時はさすがに少し焦
りました。5合目まで残り3km以上あったと思います。しかし息子には不安を悟られないように、
大丈夫や。明かりがなくても見えるやろと言いながら歩きはじめました。15分程明かりなしで
歩いていると、後方より誰か追いついてきます。2人組の若者でした。早速お願いして携帯電話
を照らしてもらい、バックライトOFFを解除することができて、一安心。2人組の若者はその後
さっさと降りていきました。ついていくことも考えましたが、膝が痛くて諦めました。その後
15秒に一度携帯電話を開閉しながら足元を照らして進みます。
途中非難小屋を経て、やっと登山道に合流しました。夜間登山者にすれ違う度に、これでこの
先、道は間違えないだろうとまた一安心です。
そしてやっとの思いで5合目のお土産屋の建物が見えた時、助かったと思いました。5合目に到
着した時、時計を見ると既に21:30。朝5:30に出発したので、約16時間におよぶ行程でした。
建物の前で足元を見ると雨具と靴が土でどろどろになってました。泥を落として、お土産屋で
記念にとキーホルダーを買い、駐車場に戻りました。
そして、その晩も車中で宿泊して、翌朝帰路につきました。
帰りの車中で、来年も富士山行きたいかと尋ねると、このコースは嫌やと言ってました。
家につき数日が経ちましたが、息子は夜一人で寝られないようです。どうもあの暗闇が恐怖心
として残ったようで、あの時8合目で泊まればよかったと後悔しています。
ところで、家にかえってからヘッドライトの電池切れの原因を確認しました。ヘッドライトを
購入したのは昨年の登山前で、その時に新しいアルカリ電池を入れ、昨年は使用しなかったの
で切れるはずないと思っていました。しかしこのアルカリ電池、会社で大量にもらった正味期
限切れ電池で、恐らく正味期限から2年以上経過していることを思い出しました。
命に関わる水や食料、服装と共に、夜間でのヘッドライトも一つ間違えれば、遭難の危険性が
ある装備の一つであることを改めて思い知らされました。反省です。
このような悲惨体験をして、息子は来年もいっしょに富士山へ登ってくれるのか?私としては
果たせなかった御来光とお鉢巡りは、来年こそはという思いなのですが・・・?
終わり
(管理人)
下山は正解だと思いますが、途中でライトが消えてしまったのがつらかったですね。登山している時なら電池切れでも周囲の人の明かりでなんとかなりますが、下山時にこのような状況になると本当に危ないですね。
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