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 みんなの登山記2008−39
 投稿者:不二倉さん

■2008年8月20日(水)須走口

初・夜間・単独・登山。埼玉県 39歳 男

「いい経験ができた。」今そう思えるのは富士山とその関係者、他の登山者、「あっぱれ!富士登山」管理人様、注意書きや体験談を残してくれた人々のおかげです。本当にありがとうございます。 富士登山を考えたのは今年の7月に妻と山中湖とその周辺に遊びに行ったとき、何気なく、須走口にも寄り、小富士ハイキングを体験した事が始まりでした。それに世の中は偶然にも空前の富士山ブームと言うではありませんか。『のった!』

まずはネットで情報収集。「あっぱれ!富士登山」は「まずはここからお読みください。」からはじまり、「富士山に登った有名人」までほぼ読ませていただきました。買い物リストを作り、予算をたて、コースを決め、知り合いの経験者にも取材しました。天気はやはりネットで様子をうかがっていました。『20日よさそう。20日の早朝に出発しよう。御来光はあきらめ、昼登山で手堅くいこう。素人なんだし。謙虚に。』と・・前日の19日の夜を迎えました。この後は下記のとおりです。
※『 』内は心の言葉です。

◇出 発  20:54  帰宅後、あらぶる魂を抑えきれず出発。『着いてから眠ればいい』
◇足柄P  22:21  トイレ休憩。
◇5合目   23:46  駐車場。途中、山の道路に入ってから鹿を見かけた。月も星もはっきり見えた。おにぎりと焼きそばパンを1個ずつ食べた。 

◇登山出発 0:15頃 
『月明かりで明るいし・・・。今出れば御来光が拝めるかも出るしかない』と思い、出発。2度目の計画変更(笑)せっかち。(高地に体を慣らすことを忘れてしまった。それに寝不足必至。この事が後で非常に体に負担をかけることに・・・・。)

◇6合目  1:35 
出発からここまで男性1人、学生風男性3人組みが俺の前を登っていた。おかげで暗い森の中、戸惑うことなく6合目にたどり着けた。時々、麓の夜景が見えた。映画「トトロ」に出てきた木々のトンネルのような道もあった。『いよいよ始まったな』2本のステッキははじめから大活躍だった。

◇7合目  3:05 
『さむい』六合目から徐々に木はなくなり、月明かりの中、ひたすら登り続けた。なぜかこの区間でオナラが何回も出た。(笑)『失礼。誰も居なくて助かった』6合目から途中ポンチョを着た男性に追いつき挨拶をするが、無視される(苦笑)『ポンチョは役に立たないと書いてあったよ。』(以降、挨拶はされたら必ず返すようにして、こちらからはしないようにした。目があった時は会釈した。)7合目着。一息つく。雨は降っていないが、防寒のため手袋をはめ、セーターと雨具を足して着た。おにぎりを1個食べて、水を飲んだ。

◇本7合目  4:20 
本7合目に着いた時にはかなり疲れていた。入り口の鳥居の前で座りこんでしまった。後から前出の学生風3人組が勢いよく登って来た。100円支払いトイレ休憩をする。ご来光の兆し。しかしそれを待たずに出発。



◇8合目   時間記録なし 
8合目到着。すっかり明るい。途中、ご来光を撮影。ビデオとデジカメと両方で撮った。メラメラ燃えるオレンジの球は今まで見たどの太陽とも違うものだった。大御所男性2人組みも近くでご来光を見ていた。内1人は荷物を持っていなかった。『なんで』気になった。このあたりから『高山病?』頭が痛い。眠い。止まると寒い。脈がはやい。『戻るか』どっちにしろツライ。『ここで少し寝てから登るか』と8合目のベンチで休んでいたが隣の若き女性達やハトバスのインターナショナルな団体客の元気のいい会話に追い立てられるように出発。『行くぞぉぉぉぉ』なるべく、息を吸うとき、長くするよう心がけ登るようにした。

◇本8合目  時間記録なし 
本8合目到着。『このことですか。合流混雑』8合目から人が多くなった気がした。男の声「あの2つ目の鳥居が、ほぼ頂上ですよ」女の声「何だ。がんばろう!もう少しじゃない。」と言って近くを数名の1団が出発していった。俺もその鳥居を見たかったが、その気力さえなかった。今度はベンチを避けて座った。近くに女性2人と女子小学生2人が座った。女子小学生のうち1人はギブアップを訴えていた様子。『俺もだよ。』と心の中でつぶやき、その子のマネをして携帯酸素を吸った。女性のひとりが「水は少しデモ飲んだ方がいいんだけどね」とその女子小学生に言ったが、本人は全くその気無しの様子。『そうなんだ。』と俺が水を取り出して少し飲んだ。次に犬を連れた一団が登場。犬の名前は「ポニョ(仮名)」。若干息苦しそうに見えた。俺の横でその一団が次々と記念撮影が始めた。犬の名が頭に響く。『眠るなって事か。(苦笑)サンQ。ポニョ。』自分を脅し、鼓舞し、脅迫し再出発。日焼け止めもバッチリ塗った。とりあえず、前出の鳥居の位置を確認した。『まだ、かなりある。』

◇頂上  8:00頃
やっと2つ目の鳥居が目の前に。俺は、「やった。やった。」と小声を出していた。その時、「写真とってもらえますか」と夫婦らしき2人。『そりゃ撮りたいよね。』俺も撮ってもらった。本8合目からは岩が多く道が狭くなった気がした。『あと少し・・』と思い続け、やっと着いた。途中、木を枕に寝ている男性もいた。『俺も寝コロがりてー』木を探すがない。あきらめて、登り続けた。8合目途中から親子連れが俺の前後にだいたい居た。父と息子2人。2人とも小学生だろう。親は登りなれている感じだった。2人の息子を励ます言葉に俺もついでに励まされた。「ここまで来れば着いたのと同じ」「上を見ちゃダメ。」「こんなに見晴らしのいい富士山なんてめずらしいよ。」とか「(休んで)体が冷えないうちに出発しよう。」なんてことも言っていた気がする。苦しかったが何とか頂上に着いた。そして、石段に座り込み、また「やった。やった。」と小声で言って、少し涙した。「着いた」という達成感と「もう大丈夫」という安心感とが一気に胸にこみ上げてきた。風が強く、体力にも自信がなかったのでお鉢周りは迷わずヤメにした。久須志神社を拝み、おみくじを引き、お土産を買って下山道へむかった。未練たらしく、もう一度、外に目を向けると眼下に広がる山々。雲。空。土。男の声「あれが駐車場だよ」つられて見てみると、数時間前にスタートした駐車場が、遠くで小さくキラキラ光っていた。『人間の作っている世界はミクロと言っていいな。』

◇下山1 ブル道  時間記録なし
『 楽 。早く下山し眠りたい』(頭痛は消えていた)ブル道。『こういう仕組みだったのか。』大きなキャタピラをつけたブルドーザーというかトラックが荷物を積んで上がってきた。『ほとんどの物はこれで運べるな。』人は下山道の端で固まってブルが通り過ぎるのを待っていた。本8合目あたりで、これから登る人とすれ違う。『がんばれよ。もう少し。俺は帰る。そして眠る。』

◇下山2 砂走り  時間記録なし
走れません。荷物が重くて肩が痛みはじめた。本7合目以降、水と飲むゼリーしか口にしていなく食べ物がほぼ完全な状態で残っていた。水も待ってきた1500mlの内の半分程度しか飲んでいない。ゼリーはかなり体を助けてくれた気がする。どこで飲んだか覚えていない。2個飲んだが、いずれも胃に吸い込まれるように流れ、体が受け付けた。『この靴じゃ無理』登りと下りのつま先への負担を考えて軽量(ローカット)トレッキングシューズを選択したが、ここでは危険に感じた。「足首・捻挫・膝・靭帯」なんて言葉が頭に浮かび、ゆっくり行こうと決めた。だが・・いつまでもこの道は続く。雲の影がものすごい速さで地面を走っていく。『下山2時間30分って・・・みんなはここで稼ぐんだな。くやしい』なんて思っていると。足を外に向かって、八の字を描くように、直線的に下る男性。『アーヤルのか』マネしようとするが、やはり荷物が重く断念。1度足を砂にとられズッコケた。

◇ 下山3 脱・砂走り 時間記録なし
砂走りを終えると傾斜はなだらかにはなったが地面の状態はあまり変化無し。石と砂利と砂。石が痛い。バッシュのソールを1枚足してきたが・・きいてない気がした。逆になかったら、もっとツラかったであろうと前向きに考えることにした。その内、石が少なくなりスキーの初心者コースのような幅が広い道に。すると、後ろからテンポのよい足音。道を大きくジグザグに、地面を軽く叩くように下山する女性。『慣れテル!』まるで散歩でもしているかのよう。ステッキは持っているがほぼ使っていない。抜かされる時に一瞬、目があった。『くぅぅぅぅくやしい。今、絶対わらってた。』気がつけば俺の両足は生まれたての小鹿ちゃんのよう。自分でも笑った。なんとかマネしようと試みるが膝がガクガクで断念。遠くに山小屋の店の人が下山する人を出迎えているのが見えた。『休まず、このままいく!』森に入ると後ろから老女が話しかけてきた。『え。この老女1人だったんだ。』前に見かけた時には他に何人かいたような・・・。それに話し声は遠くから絶えず耳に届いていた。どうやら、他人に話しかけながら下山していたらしい。人が居ない時は1人で話しながら下山していたようだ。『俺の番か。ごめん。疲れている。先いって。』とは言えないが、老女は俺の態度で察してくれた。その後、その老女は、時々自分の名前をフルネームで連呼したり、動物の鳴きまねのような声を森に響かせたりしながら下山者やこれから登る人々に完璧に挨拶し、話しかけていた。『負けたよ。老女。元気だな・・・・かなり鍛えてるでしょ』

◇五合目到着 12:30頃
小御獄神社で手を合わせ『ありがとうございました。』と本気で思った。『よく無事でここまで戻って来られた』登り終えてみれば、富士登山全てが夢のように思えた。『終わった』何故か両親と家族にも感謝した。親子連れ登山者の愛情あふれる美しい姿を見たからかもしれないし、道中の心細さや、自分と向きあう時間がこのような心境にさせたのかも知れない。『ちと、大げさかな』お店を素通りし、トイレに入り(200円支払う)、出たところからアスファルトの道になった。『天国。アスファルトってすばらしい』そして、車に戻り、用意しておいた濡れタオルで体を拭き、着替え、荷物とゴミの整理をして・・・・・・・。

◇五合目出発 16:30頃 
眠った!1時間ごとくらいに目が覚めた。それを何度か繰り返し何時間か過ぎた。急に日差しが強くなることもあったが、基本は涼しい。熟睡はできなかった。トイレに行き(200円支払う)、温泉に向かうことにした。

この後、御胎内温泉へ寄り、無事に帰宅することができました。単独での登山でしたが、文中のとおり、他の登山者の方々に大変、助けていただきました。感謝です。寝不足登山と引きかえに御来光を拝めたわけですが、体への負担は予想以上でした。この事は忘れないようにします。憶測が多く、自分勝手な体験談になってしまいましたが読んでいただき、ありがとうございました。何かのお役に立つことができましたら幸いです。

(管理人)
『心の言葉』を挿入した文章が楽しいです。登りながらいろいろな思いが浮かんできます。徹夜登山は確かに身体にこたえます。



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(08/8/30)