山小屋勤労体験記(事例1)
Yさんからのメール
実際に山小屋で働いた経験のある、Yさん(女性)から詳細なメールをいただきました。また、私からの質問にも答えてもらいました。過酷な条件の中で働く立場から見た、富士登山者へのアドバイスや要望などは、本当に興味深いものです。そこでYさんのご了解をいただいて公開させていただきます。
<経緯>
私は、95年と96年の夏に8合目の山小屋でアルバイトしていました。もともと地元の御殿場にすんでいるので富士山には親しみをもっていましたが、95年の夏に山小屋でアルバイトをして以来、夏休みを山小屋で過ごすのが私の年中行事の一つになっています。
私がバイトをしたのは大学3年の夏と4年の夏です。元々御殿場の人間なので富士山の山小屋バイトの存在と給料がいいらしいということはなんとなく聞いていました。でも、どこにどう連絡を取ったらいいかわからず、結局実行に移らないまま何年かたっていました。
ところがある時、うちの4歳年下の妹が「友達の親戚で山小屋を持っている人がいるらしい」ということをきいてきて、早速連絡先を教えてもらい、電話をかけました。電話をかけたのは、5月の連休中で、電話に出た人の話だと夏のアルバイトの募集を始めるのは6月に入ってからで、倍率が結構高いので長期入れる人ではないと取らないということでした。
富士山のシーズンが始まるのは、ご存知のように7月1日でうちの山小屋は8月31日までやっていたので9月1日までというのが最長になります。給料は日給で8000円。(後で聞いた話によると河口湖口の山小屋では9000円、頂上は7000円だそうです。)これを高いと考えるか安いと考えるかは人によって違うでしょうがこの辺が相場のようです。まあ、1ヶ月働いて24万円。三食ついて寝床もあるし、何しろお金を使うところがないので私のような学生にはいいバイトだったわけです。
大学の夏休みが始まってすぐに御殿場に帰りその日に須走にある旅館で一泊して次の日の早朝に出発しました。須走口にある旅館はたいがい山小屋を持っているようです。山小屋で働いている人はほとんどブルドーザーに乗せてもらって自分の山小屋までいきます。ブルドーザーは人のほかに店で売る食料、水、雨合羽や、テレフォンカード、などなどさまざまなものを運んでいます。下の山小屋から順に積み荷を下ろしていくので頂上にいくまでだいぶ時間がかかります。頂上にいって積み荷を下ろしたら今度は下に降ろす荷物、ごみや空缶、働いている人たちの洗濯物といった荷物を積み直し、今度は上の山小屋から順に積み荷を載せてかえっていきます。すごいのは帰り道はずっとバックに運転して降りていくことです。
<山小屋の状況>
初めて働いたときは本当にこんな建物で客商売をして、お金をもらっているのは、いかがなものかなあ、と思いました。確かに、汚い、狭い、くさいというのはあると思います。が、富士山という環境を考えるとある程度はしょうがないのだと思います。
8合目位まで来ると、水道はもちろん電気も通っていないのでどこも自家発電です。水も天水に頼っているので、特に雨の少ない年は、従業員も顔を洗ったり、歯を磨いたりする生活用水もなるべく切り詰めるようにして働いています。しかも、多くの山小屋ではいつでもお客さんを受け入れられるようにということで、夜も交代で起きているようにしていますし、特にお客さんの多い7月の最終週末、8月第1週の週末は、不眠不休で対応しています。運悪くこの日に来られたお客さんは無条件にすし詰め状態で寝ていただくことになります。忙しい分、対応も雑になりがちです。なるべくならば、この週末を避けてもらうのが快適な富士登山をしていただくKEYになると私は思います。
それから、私がいつも山で思うのは、登山客のマナーの悪さです。持参したごみを持ち帰らない、たばこの吸い殻を地面に捨てていく、食べ残した弁当をベンチに残していく、ペットボトルを置き残す、などなど、ひどいものです。食べ終わったあとのお弁当箱がそんなに重いのかなあと不思議になります。山小屋の人達がいらいらいしているのにはそんな理由もあると思います。
ごみについては、なるべく積み荷を減らすために焼却できるものは山で燃やしています。でもご存知のように山頂付近までいくと酸素も少なく、また平らな場所も少ないのでごみを燃やすのは大変です。低温で燃やすためダイオキシンの汚染のことも気になります。また土壌が火山灰なので微生物も少なく生ごみの処理も到底不可能。そう考えると、たべかすをあちこちに残していくことが富士山の美化だけでなく環境を考えても重大な影響をもたらすことが解ってもらえるのではないかと思います。山小屋では自分たちの売った分のカンやペットボトルは引き取るようにしていますが、登山客の中には隠す様にしてごみを残していく人も多く、そういう人を見る度悲しい気持ちになります。
<山小屋での生活>
山小屋の朝は、とてもはやいです。私が働いていた山小屋はバイト5~6人+オーナーのおやじさんで仕切っているので働きずくめでした。朝は1:30に起床。ご来光目的の登山客に温かい食べ物、飲み物を提供し、ツアーなどで夜通し歩いて歩きつかれたお客さんに寝床を用意します。第一のピークがこの時間帯で大体2:30~3:00ぐらいまで続きます。この間に、私たちの山小屋に泊まったお客さんで、ご来光にいかれる方を起こします。
このピークが過ぎると、しばらくはぽつぽつと人影が見えるくらいでほとんどお客さんはきません。そして4:00~5:00になると第二のピークがきます。このあたりのお客さんは8合目でご来光を眺めてゆっくりいこうという方、あるいは外で夜明けを待ってみたけれど寒くてもう耐えられないという人が多いです。夜明けにあわせて宿泊客をおこし準備してもらいます。そして同じように食べ物、飲み物の提供をします。
第三のピークはご来光後で、頂上から帰ってきた人とこれから頂上に向かう人で山小屋は大変込合います。この時間にトイレにいこうとすると大変なことになります。長蛇の列で待った挙げ句、トイレを使うのにお金を取られることもあります。一番いいのは、ご来光の時間を山小屋の人に聞いておいて、みんながご来光を待っている時間にトイレにいくことだと思います。もう朝日が出てくるだろうと思って、いまかいまかと待っていても実際のご来光にはまだまだ時間があったということはよくあるようです。宿泊客の中には、「なんでもっと早く起こしてくれないんだ!」と苦情をいうかたもいますが、多くの人は普段、朝日がどんなふうに昇ってくるのか見たことがないのですから、自分で時間の見当をつけるのは無理だと思います。そういう時は、毎日そこにいる人に聞くのが一番!きっと、喜んで教えてくれると思います。
<質問コーナー>
(質問)お風呂と洗濯はどうするの?
(回答)8合目ぐらい高い山小屋ともなると、経営者の人も含めて、働いている人たちは、ほとんどの場合ずっと山にいるのではないかと思います。で、お風呂はどうするかというと・・・。入らない!
いいえ、うそです。一応、入ることはできるのですがよくて週に一度。雨が降らないと、水の供給を天水に頼っているので、さらにひどいことになります。まあ、山の上は涼しいので汗をかくことも少ないですから夏とはいっても、下界にいるほど頻繁にお風呂に入らなくてもいいという部分はあると思います。でも、従業員は現代っ子。やはり、一番つらいのは髪を洗えないことだと思います。だから、お客さんにさもあたりまえと言わんばかりに「お風呂はどこですか?」とか、「えー、ないの?」といわれると、すごくむっとしてしまいます。95年の夏は特に雨が降らなくて、日に日に少なくなっていくタンクの水を見る度悲しくなってました。
洗濯は上では無理なのでブルドーザーが来たときに持っていってもらい、洗ってもらっています。ただ、別の山小屋ではちゃんと洗濯機もあって、女の子達が洗濯してました。山小屋によっていろいろ違うと思います。
(質問)従業員同志で恋はめばえた?
(回答)うーん。どうなんだろう?。私に限って言えばなかったですね。何せ、相手は何週間も風呂に入っていない。(自分もそうだけど)。毎日一緒にいるし、本当に同じ釜の飯を食う仲間なのですごく仲良くはなります。あそこの山小屋の女の子がかわいいとか、そういう会話はしてましたけど夏だけだし、また来年まで会わないというのがほとんどではないかと思います。
(質問)有名人は登ってきた?
(回答)何人か来ているのではないかと思いますが、色紙とかは見たことがありません。そうそう、近くの山小屋には皇太子殿下の色紙があるとおやじさんが自慢してました。テレビの取材はあるみたいで、ズームイン朝がきてインタビューを受けたとかはありました。
(質問)従業員の食事の内容は?
(回答)お客さんの食事と従業員の食事は別です。従業員は、長い人だと2ヶ月間ずっと上にいるので栄養が片寄らない様、かなり気を遣って食事を作っていました。お客さんは1日だけの滞在ですからねえ。食料はすべてブルトーザーに頼っているので、旅館の方にこんなものがほしいというリクエストを電話で伝えるのですが、下の旅館が忙しいとなかなかリクエストもとおらず毎日のようにキャベツ、にんじん、きゅうりを食べていたこともあります。ストレスのせいもあるのでしょうか、甘いものはすごく人気があり、あっという間になくなってします。お客さんに、お菓子とかをもらうのはほんとにうれしいです。
(質問)宿泊者用の食事は?
(回答)宿泊されている方は、食事付きにするとカレーが出ます。食事をつけなかった方と、カレーだけでは足りない方はメニューにあるものを注文してもらいます。メニューには、カレー、山菜うどん、カレーうどん、ラーメン、やきそば、コーンスープ、お汁粉、熱燗、ビール、コーヒー、紅茶、緑茶、甘酒などがあります。やきそばはぺヤングのやきそばなので、出すときちょっと気が引けます。お弁当は、基本的にご飯におかかのふりかけ、うめぼし、に缶詰かレトルトのお肉がつきます。
(質問)たばこは売っていないというのは本当ですか?
(回答)はい、売っていません。従業員にもたばこを吸う人がいたのですが、持ってきたたばこが切れてからはかなり辛そうでした。そのあと、5合目までお客さんを迎えにいく仕事
があったのですが、もう大喜びで、お金をにぎりしめて走っておりていきました。理由はよく分かりませんが、外を掃除するとき一番多いのは吸い殻で、そういうことも考えるとたばこはこの先も売ってほしくないというふうに思います。あと、どんなに注意しても寝床でたばこを吸われる方がいるようで、これだけは危険なので止めてほしいです。山小屋のいくつかでは室内での喫煙も禁止しています。
山小屋には従業員用の風呂があるとは、衝撃の事実でしたね~。でも、あくまで従業員用。登山客は入れませんからね。「おい、本当は風呂があるんだろ?知ってるんだぜ、入れてくれよ~」なんて山小屋の人に無理を言わないようにお願いしますよ。(低いところにある山小屋では下界に下りて入浴することもあるようです)。なお、タバコは全国統一料金のため運搬料などを上乗せできず、売れば売るほど損になるという理由もあるそうです。Yさんのお話にもありましたが、持ち込んだゴミは必ず持ち帰るようにしてください。よろしく。Yさん、おもしろいお話をどうもありがとうございました。
(1999/7/7)