■2011年8月9日(火) 須走口
「みんなの登山記」
2009−28 以来、2年ぶりに 登頂して参りまし
た。 53歳、サラリーマンです。今回は 下の息子2人と 「 男3人 親子登山 」で
す。
8月8日(月)の夕刻、須走口 5合目 駐車場に到着、途中 前日までに登頂されたと
思われる人々の坂の途中の路上駐車を 富士アザミラインの ずいぶん下の方から
延々と 横目で見ながら、5合目 登山口 左側 ちょっと上の一番 近い駐車場は、8割
程度の駐車状況で、無事 今夜の寝場所 ( 自家用車中 )を 確保する事ができまし
た。
下界のコンビにで、夕食用と登山中の食事用に おにぎりを ひとり 6個ずつ 買って
行ったのですが、やはり 菊屋さんで 食事がしたくなり、きのこピラフ と 親子丼
と みそこんにゃく を ひとつづつ 取って、3人で 分け合って食しました。
夜になってから、小雨が パラつきはじめ、明日は 晴れろよ と 期待して 車中で
眠りに 就きました。深夜に 尿意をもよおし、目覚めて 車外へ出ますと、みごとな
満天の星空に 明日の晴天を 確信しました。
次に 目覚めたのは、明け方 5時前で、駐車場にいる人々のざわめきによるものでし
た。折りしも、「 御来光 」 のまさに その時で、一直線の雲海が アカネ色に染ま
りゆく中、玉子の黄身のように真ん丸の、真っ赤な太陽がグングン上がっていく様
子をまのあたりにし、今回の登山の無事を アマテラスオオミカミ様 と コノハナサ
クヤヒメ様に 祈願 したのでありました。
9日(火)早朝、須走口 5合目より登頂開始、今回は 7〜8合目で一泊することな
く、頂上まで 一気に登り ( とは言っても、6時間超 を要しましたが )、 頂上の
山口屋さん本店にて 一泊、翌 10日(水)に 頂上で 半日すごしてから 昼頃 下山
しました。
生涯 8度目のトライで、8度目の登頂を 達成しました。 吉田/吉田/吉田/富士宮
/須走/御殿場/富士宮/須走 ときて、次は 御殿場 かというところですが、今度
こそ これを以って終了という感じで、次は 無さそうです。
と申しますのも、今回 天候には いつもながら この上なく恵まれ、あまつさえ た
くましく成長をとげた次男・三男という 頼もしきポーター( 飲料水 他 運搬用員
) 2名 も従えてという具合に、外部環境に関しては これ以上 望むべくも無いとい
う状況でありながら、私本人は 両膝 鵞足筋(がそくきん) 炎症という 若い頃に ボートというマ
イナースポーツに酷使した膝へ、その後の中年期の限りなき飽食という ばちあたり
的 身から出たサビにより、平地 歩行もままならないという肉体的悪条件の下、こ
れが最後 と やけくそ的 敢行でありました。
膝の痛みは、「登り」 より 「くだり」 で シビアーでして、本当に 拷問的苦痛に
耐えて耐えて耐えまくったぁというのがホンネです。 いやはや、歳には 勝てませ
ん。 我が身の老化を つくづく 思い知らされました。
今回、どうしても 実現させたかった事は、「 頂上で一泊する 」 という事でし
た。
過去の7回の登頂に於いては、大学生の時の1度の 「 夜行バス・徹夜登山・日帰り
」 を 除き、後の6回は、すべて 「 7合目か 8合目の山室に1泊 し、翌 夜明け前
出発、御来光 拝んで、お鉢めぐって、とっとと 下山 」 という事の繰り返しに
て、せっかく頂上に付いたのだから、もっと ゆっくり のんびり、頂上で 時間を
ぜいたくに 使いたい という願望がありました。登った その日の内に おりたくな
い、ということです。
今回、これを 実現でき、ホントに 満腹感 で いっぱいです。
頂上での 御来光は、山口屋さん本店のちょっと先の斜面が よいときいて、絶好の
ポジションに位置取りできたのですが、天気晴朗なれども 雲海 やや深し という感
じで、前日の須走口 5合目ほどの 見事な真ん丸では ありませんでしたが、それで
も くっきりと おいでましまして、山口屋さん本店の焼印 御担当のオジサンの 音
頭とりで、周辺の観客から、万歳三唱の 歓声が 高らかに 響き渡りました。
頂上では、『 まいにち 富士山 』 の著者 佐々木さんに お目にかかり、しばし お
話を伺い、著書に サインを頂きました。 御存知、佐々木さんは 62歳で 初登頂
後、富士山に 魅せられ、雪山も ものともせず、5月から 11月まで 毎日 登頂とい
う驚異の超人でおわせられ、お目にかかった当日は、871回目の登頂 ということで
ありました。 世の中には、すごい人がいるものです。
また、もうひとりの有名人、富士宮側 頂上の トイレの 「 管理人さん 」 とも お
話させて頂くことができ、コノシロ池のことなどを 御聞きしました。
いつもの様に、久須志神社の 金明水 と 頂上奥宮の 銀明水 を 購入。山頂 郵便局
では、オリジナル フレーム切手と オリジナル かもめーる、オリジナル はが
き・シール セット などの本年度 頂上限定 郵趣品を ゲット。これらに 風景
印、和文・欧文 黒カツ印、和文・欧文 ローラー印を 押印しました。興味の無い人
には どうでもよい事ですが、黒カツ印の日時が、0−8 であることに あらためて
気付いた次第です。
今回、金剛杖は、須走口 5合目の 菊屋さんで 購入しましたが、こちらでは、「特
大」 という とんでもなく 長いのを入手できます。焼印フリークの ワタクシメ
は、もちろん 「特大」 を ゲットしました。
下山後、須走の 東口本宮 浅間神社 に立寄り、ダメもとで 金剛杖への焼印か 朱肉
印 を 御願いしてみたところ、新しく着任された宮司さんが、昔の焼印を何本か 探
し出してくれて、社務所の客殿(?)の 台所のガス・コンロで、熱して 「須走口
浅間神社 」 という 富士山型の冠付きの美しい焼印を 押させてもらう事ができま
した。自分で 焼印を押させてもらったのは、初めてのことで、しかも 通常 しちり
ん なんかで じっくり 時間を かけて焼き入れしてからでないと うまく焼き印が押
せないのではないかと思っていましたが、台所のガス・コンロで ものの10分もかか
らず、しっかり焼印が押せる事がわかり、感動ものでした。
その後、御殿場まで 足を伸ばし、新橋 ( にいはし ) の浅間神社へも 行ってみ
ましたが、こちらは 午後 5時過ぎで、神社の方は どなたも いらっしゃいませんで
した。まぁ、こちらには 焼印があるとは期待してませんでしたが、御朱印帳への御
朱印くらいは 頂きたかったのですが。
すべて 完了し、静岡県から 山梨県へ移動。 実は、富士山駅 ( 旧 富士吉田駅
)の焼印入りの金剛杖に 佐藤小屋と 星観荘 の焼印を 押しに行こう という野望が
あったのですが、次男に メロディー道路 というオモシロイ所があるから 行ってみ
ないかと さそったところ、経験者の三男は おもしろいよ と同意してくれたもの
の、次男は、それだけのために わざわざ 行くに及ばず という意見にて、「 駅名
入り金剛杖 作戦 」 は 次回(?)へ持ち越しとなりました。
その後、笛吹市の
「瑰泉(かいせん)」 という 温泉宿泊施
設に2泊して 近所で 和太鼓のショーを見たり、富士五湖すべてのまわりを車で 周
回したりして、帰宅しました。
( 補記 )
次男が、高校の剣道部の先輩 ( 富士山に 登った事がない )から 聴いた話で、
頂上で それらを あけると、噴水のように 飛び散ると 言われて、フリーズ・ドラ
イの
インスタント・コーヒーの未開封の小瓶と、350ml の コーラ の ペットボトルを
持参して、
噴火口の横で 実験してみましたが、両方とも 全く 何も 起こらず、「 ほれ見ろ
」
という結果に 終わりました。