■2010年9月5日(日)須走口
大失敗の登山記です。
「道はどこ?」「踏み跡はどこ?」と必死になっていたのは、もう30分も前だろうか? 360度森が広がっているばかり。コースアウトしてしまったことは既に確定事実だ。とにかく「上か右」を意識して森のなかを進むしかないと心に決めた。木々が茂っていて山頂の方角も太陽の位置もわからない。本来のコースより上方向にずれていることはなんとなく解っていたが、下ってコースに戻ることは考えなかった。下ることでコースに戻れればいいが、もしも戻れなかった場合は、富士山の麓に延々と続く樹林帯を彷徨い続ける羽目になる。「中年男性、富士登山に行くと家を出たまま行方不明」「地元のAさんがきのこ狩りの途中、白骨化した遺体を発見、遺体の身元は所持品から…」冗談じゃない。上に行けば、いつかは森林限界を抜けるし、上り斜面に対して右方向に行けば吉田ルート下山道があるはずだ。歩くしかない、上へ、右へ。。。
今年は御殿場ルートで気持ちのいい登山ができたので、「今シーズンの富士登山は終了」と思っていたのですが、pencilさんの「コノスジ中途道」の
登山記(2010-31)を読んだことで、「コノスジ中途道、行かなくちゃダメでしょ」という気分になりました。K.Tさんの
登山記(2009-46)や、ホームページ
ROUTE5の平成御中道の記事も熟読して、9月5日 6:50am に須走口五合目をスタート。信心深くはない方ですが、古御岳神社に「お山に入らせていただきます、下山までお守りください」と祈願。7:45am に六合目長田山荘着、7:50am にコノスジ中途道に入りました。
コノスジ中途道入口
人一人が通れる道筋がはっきりと確認できるので、これなら迷うことはなさそうです。ゆるい下りの道端には、ときおりきのこが生えていたりして、大自然を満喫できます。8:05am には滑沢を通過、乾いていたので滑ることも無く越えると、やがてpencilさんの登山記にあった「須走砂払5合目へ」の道標のある分岐へ(釘がはずれて落ちていましたが)。順調順調と思いつつ、道標の「吉田口へ」に従い先へと進みます。
途中の道標
ゆるい上りとなり、K.Tさんが「木を乗り越えたりくぐったりが多く、金剛杖を持っていると、かなりじゃま」と書いていたのはこのあたりのことかなと思いながら歩いていると、なんだか踏み跡が不明瞭で怪しい感じになってきました。目をこらすと、少し先に踏み跡らしき黒いラインが見えたので、そちらに歩いて行くと、砂走方面にぐるっとUターンするように曲がって道が途絶えました。「おかしい、戻ろう」と、少し引き返すと、「ああ、きっとこっちが正解」というラインが見えました。誰かが踏んだ跡のように、所々少し抉れているように見えます。しかし、少し行くと、またもや道が森の中にフェイドアウトしています。「やばい、ちがう、戻ろう」と振り返ると、そこには今歩いてきたラインは見当たらず、森がひっそりと広がるばかり。頭の中に極太のゴシック体で「LOST」という文字がバーンと出ました。「もとの道に戻ろう、歩いてきた踏み跡はどこ? 正しい道はどこ? 」どの枝も、どの幹も、さっき見たような気がするし、初めて見たようにも思えるし… 今度は頭の中に冷たそうな明朝体で「自己責任」という文字がバーンと出ました。本格的にやばいぞ、オレ。
コノスジ中途道については他のブログなどの登山記も事前に目を通したのですが、誰も迷った様子はないし、きっとわかりやすい道なんだろうと思っていました。実際歩き始めると、細い道がくっきりとわかり、そのラインに沿って歩いていけば、間違えようがないだろうという感じでした。だから、間違ってけもの道のようなところに迷い込んでも、正しいルートを歩いているものと勝手に思い込んで、間違いに気付かずに歩き続けたのだと思います。危険察知センサーは、ONにしていたはずがOFFになっていたという感じです。よく思い出してみると、「あれ、こっちだよね」と、なんとなく違和感を感じた場所が1箇所あったような…。きっとあそこが間違いだったのでしょう。木花咲耶姫の怒りにふれたか、富士山の亡霊に幻惑されたとしか思えません。とにかくコースアウトしてしまったのは確かだ! さあ、どうする? 歩くしかない。。。
上へ、右へ、と歩いているうちに、溶岩流の沢が出現、きっとこれが滝沢? 超えて先へ進むと、生えている木の種類が変わってきました。さらに木々の間を縫うように進むと、シートを広げてお弁当を食べたくなるような少し開けた場所があり、まだきれいなペットボトルが落ちていました。「多分今年のモノだ。誰かここに来た人がいるのか、それとも風で飛ばされてきたのか?」どちらにしても、人の痕跡に遭遇するのがこんなにうれしいとは!少し希望が湧いて来ます。どこか遠くで人の声が聞こえるような気がします。幻聴?
生えている木の背丈が次第に低くなり、潅木地帯を注意深く進むと、いきなりパッと視界が開け、彼方に人の列が蟻んこの行列のように見えました。かなり距離があり、安心できる状態には程遠いのですが、希望が繋がりました。低い方に向って列が動いているので、間違いなく吉田ルートの下山道です。山頂で御来光を拝んだ人たちの、下山の時間帯でしょうか、かなりの人数です。ジグザグ道の上に七合目トイレと思われる建物も見えました。やはりだいぶ上の方に逸れていたようです。
沢(崖)の彼方に下山道が…
自分と下山道の間には、荒涼とした赤茶色のの山肌が広がっています。気持ちがはやり、潅木帯を駆け抜け、ガレガレの山肌を下山道に向って一直線。と、目の前に出現したのは巨大な沢、というより崖。ああ、神様。頭の中に、いかにも重そうな極太のゴシック体で「自己責任」という文字(所々に亀裂が走っている)が、またもやバーンと出ました。
越えるしかありません。出来るだけ傾斜の緩そうな所を探して少し下り、転落に近いような状態で沢の底に下りると、その勢いのまま駆け上がるようにして、なんとか沢越えに成功。すると、その先に、さらにもう1本の沢、というより崖。今度の崖っぷりは前回の比じゃない、急激に深く切り立っているのです。先ほどの沢越えの経験から、地盤がボロボロで、下りたはいいが、登ろうとするとボロボロと崩れて登れないのは明白です。またもや傾斜が緩やかで、下りやすそう且上りやすそうな所を探して沢沿いに歩き、「ここ」と思う場所で沢越えを決行。上から落石があったり崩れてきたりしないかと、気がきではありませんが、ズルズルと滑り落ちそうになりながらも、なんとか這いつくばって越えることが出来ました。クライミングジムでのボルダリングの経験が役立ちました。
2度の沢越え(崖越え?)でだいぶ下ってしまったので、下山道合流には少し上りかげんで歩かないと行けなくなりました。それにしても、登山道ではない所がこんなに歩きづらいとは。ズルズルと滑ってなかなか思うように進みません。少し下山道の人たちが大きく見えてきたので、「向こうからもこちらが見えているのかな」と思うと恥かしいような申し訳ないような気分になり、早くこの境遇から抜け出そうと必死です。オーバーペースなどとは言っていられません。早く合流したい一心で駆けて行くと、50pほどの岩に赤いテープが貼ってあるのが見えたので、その岩を目標にとにかく登ります。グリッと足の爪が剥がれたような感覚、構わずにダッシュで近づくと、黒っぽく延びる踏み跡が出現し、よく見ると白いペンキのマーカーが下山道の方向に導いています。助かった。下山道の獅子岩付近につながりました。ということは、この踏み跡はお中道だったのか?
下山者の列に混ざって少し下ると、すぐに落石避けのトンネルに着きました。当初の予定では、9時過ぎ頃に六合目安全指導センターあたりで吉田コースに合流というイメージだったので、9:40am 獅子岩なら、思ったほど大きなタイムロスはないようです。が、森を彷徨い、道なき道を駆け抜け、沢を越え、明らかにオーバーペースな登り方をした疲労が身体の底に溜まっています。気がつくと、両手のひらや甲にうっすらと血がにじみ、左足の人差し指の爪は全体が紫色になっています。ザックを下ろして腰掛けて休憩しながら、「この後どうしよう? この感じでは、今日は登頂は無理だな、でも須走に車を止めてきたから、八合目までは意地でも登らないと須走に戻れないぞ」と考えます。「下山道って登ってもいいの?」
六合目まで下ってから登山道を登り返すのは癪だし、下山道なら本八合目まで登らなくても下江戸屋分岐に合流できると思い、ごめんなさい、下山道を登りました。幸い下山者の数はピークを過ぎたようです。下りてくる人に注意を払いながら、できるだけ邪魔にならないように心がけて登りました。さっき歩いたばかりのお中道と思われる道は、もうどこだったのかわからなくなっていました。下山道は岩場もなく単調な道ですが、登山道とちがって人工物がほとんど無く(山小屋さえも無く)好感が持てます。思ったより登り易い印象でした。七合目の緊急避難小屋前で少し長めの昼食休憩をとり、下江戸屋にたどり着いたのは2:00pm ちょうどでした(獅子岩から休憩込みで4時間)。
下江戸屋の前のベンチで休憩をと思っていたのですが、店閉いの最中で、ベンチも撤去済みでしたので、立ったまま小休止。もともと「2時を過ぎたらどこにいても下山しよう」と思っていたので、今回の登山の到達点は八合目下江戸屋ということにして、須走に向けて下山開始。見晴館も店閉い中、まだ営業している大陽館前を過ぎて、初めての須走ルートの砂走りに突入。踵からズリッ、ズリッと大股で砂走りを下り、御殿場生まれの私としては、「やっぱり砂走りは御殿場ルートの方がダイナミックで圧倒的に楽しいなあ」と思いながら、無事新五合目に4:20pm に到着。古御岳神社に「無事に帰してくれてありがとうございました」と、深々とお礼をしました。
今回は正規の登山道ではない道を行きコースアウトする、登山道でないところを登る、下山道を逆行して登るという、何かあっても言い訳できない危ない登山となってしまいました。山をなめていたつもりはないのですが、きっと無自覚の慢心というか、心の緩みみたいなものがあったのだろうと思います。そこを姫様に叱られたのか、悪霊につけ入られたのかはわかりませんが、とにかく無事に帰ってくることができました。トラブルに対しての対処法が正しかったかどうかはわかりません。格好悪い話ですが、反面教師になればと投稿することにしました。